だからその当時も,ニュースメディアの主役は活字の新聞であった。ところが,そのニュースメディアに伏兵がいた。劇場で放映されるニュース映画である。動画のニュースは,庶民への影響力の点では新聞以上であったことも少なくなかった。僕も小学生の頃こっそりと映画館に潜り込んで,娯楽映画の前座で放映されるニュースを見るのがとても楽しみであった。子供の頃,世の中の動きを教えてくれたのはニュース映画であったような気がする。
その当時,つまり30年代(昭和30年〜39年)に劇場で公開されたニュース映画を,日本映画新社が2007年春から朝日ニュース昭和映像ブログ で提供してくれている。4番ピッチャー王の活躍で早実が初優勝したときのビデオ(昭和32年)とか,60年安保紛争を伝えるニュース(昭和35年)とかが視聴できる。
提供してくれている動画ニュースから3本を,以下に貼り付けておく。最初は昭和39年のパリーグ開幕戦のニュース。中西や野村,張本の全盛時代の姿があった。でも今は,西鉄も南海も東映も消えてしまって残念。
幕あけた公式戦−パ・リーグ:http://j-footage.vox.com/さん
次は,昭和33年の道路事情を伝える動画だが,当時はほとんどの道が舗装されていないデコボコ道であった。このなかで紹介されている鳥飼大橋(大阪の淀川)近辺は子供時代の遊び場だったので個人的にすごく懐かしい。
あの道・この道 from http://j-footage.vox.com/
次は,空手チョップの力道山と岩石落とし(脳天逆落とし)のルーテーズが対決した昭和32年のプロレス試合。プロレスの試合は昭和30年代のテレビの黄金番組であった。近所の集会場に行って,100人くらいの大人たちと一緒にテレビ観戦した覚えがある。あの当時の熱気は現在のワールドカップ以上であったのでは。
力道山対ルーテーズ(プロレス) from http://j-footage.vox.com/
遅ればせに自宅にも,ついにテレビがお出ましになった。金曜8時のプロレス番組(スポンサーが三菱電機であった)が家で観戦できるようになった。そして日曜日の昼下がりに,たまたま流れていた番組「私は貝になりたい」を観た。テレビが娯楽メディアと思っていたのに,初めて観たテレビドラマがあまりにも衝撃的であった。小学生の僕も,後ろで観ていた親父もドラマが終わってしばらく黙り込んでいたものだ。フランキー堺の演技が忘れられない。YouTubeにその一部が以下のようにアップされていた。
「私は貝になりたい」1958年ドラマ映像(ダイジェスト)
最近,中居正広主演の映画「私は貝になりたい」を観たのだが,昔のランキー堺の演技が頭に染みついているためか,いま一つ衝撃を受けなかった。演出も凝らしているし海辺の風景もすばらしいし,中居も一生懸命演じているのだが・・・。
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