以下は,iReport.comのトップページである。
iReportはユーザー作成コンテンツ(UGC)の投稿サイトである。ロゴに“Unedited. Unfiltered. News.”と記されているように,投稿コンテンツが他人の手で編集されたり選別されることはない。iReportのトップページの“Take note!”でも,ユーザー任せのサイトであることを強調している。YouTubeと同じように,ユーザーが投稿した記事や写真,動画などはそのままiReportに掲載されていくのだ。
CNNのような伝統メディアも,ソーシャルメディア化を進めるために,ユーザーからの投稿コンテンツを積極的に取り込む仕掛けが必要になってきた。そこで,今年の春からCNN.com(CNNのドメイン)の外にiReport.comを置き,ユーザーが気楽に投稿できる場を用意した。その結果多くのUGCがiReportに集積されることになった。そこでCNNは,iReportのUGCの中から“Edited. Filtered.”(選別)したコンテンツだけを,CNN.comやテレビ放送で採用することにした。
最近の1ヶ月間で約1500本のUGCが選別されCNN.comなどで商業利用されている。iReport上で“ON CNN”と赤いマークが付いている記事がCNNでも再利用されている記事である。iReportを介した市民ジャーナリズムの取り込みは,それなりの成果を上げていたのではなかろうか。ところが心配していたトラブルが1週間前に起きてしまった。
先週の金曜日(2008年10月3日)に,「Appleの Steve Jobs が心臓病で倒れ病院に担ぎ込まれた」と伝える投稿記事“Steve Jobs rushed to ER following severe heaet attack”(原文コピーはこちら)がiReportに掲載されたのである。Steve Jobs の最近の激やせぶりから,健康面の不安の声が広まっていた。もしSteve Jobs が倒れたりするとApple株が暴落するのではとの心配も持ち上がっていた。こういう状況下で,上の投稿記事がiReportに掲載されたのだ。本来ならガセネタとして無視されるべき記事であるのだが・・・。
問題記事がiReportに投降されると,アッと言う間にソーシャル系サイトで広まっていった。半時間ぐらいの間に,Diggではその問題記事に100票が集まり,Twitterにはその記事に対して50コメントが寄せられた。有力ブログのSilicon Alley Insiderも3日9:15amに問題記事のことを初めて知り,そのあと直ぐに,“Apple's Steve Jobs Rushed To ER After Heart Attack, Says CNN Citizen Journalist”との見出しのブログ記事を発信した。記事の真偽は不明としながらも問題記事の存在を伝えたのだ。
このようにブログの世界で問題記事が伝播していき,ついに3日9:40amにAppleの株価が以下のように急落した。
(ソース:VentureBeat)
その後すぐの3日9:50amにSilicon Alley Insiderは,Appleのスポークスマン( Katie Cotton, Vice President of Worldwide Communications)から問題記事が誤っていることを聞き出し,“Apple Denies Steve Jobs Heart Attack Report: "It Is Not True"”との見出しのブログ記事を発信した。すぐにAppleの株価も反応し,急落前の株価近くに戻る。CNNがiReportから問題記事を削除したのは,Silicon Alley Insiderの記事が出てから約20分後(10:15am)であったようだ。
今回の流れを、もう一度見直してみる。最初に,問題の虚報記事がiReportに掲載される。次に,iReportの虚報記事がソーシャルメディアDiggなどに掲載されていく(以下のように)。ても,出典がiReportなので皆が記事内容を信用したとは思えない。
そのあと直ぐにSilicon Alley Insiderが,問題記事の存在を伝える。有力ブログでも取り上げられたこともあって,問題記事の存在が幅広く伝わっていった。たとえばソーシャルメディアMixxでも,以下のように取り上げている。
有力ブログのSilicon Alley Insiderが取り上げ,しかも見出しにCNN Citizen Journalistと出たことから,問題記事が単なる虚報と受けとられなくなったのではなかろうか。この記事が,ひょっとしたら株価急落の引き金の一つとなったかもしれない。実際に,Silicon Alley Insiderのこの記事が発信されてから少し後に,株価が落下した。
その後,先に説明したように,Silicon Alley InsiderはAppleから問題記事が誤報であることを聞き取り,“It is not true”としたアップデート記事を発信した。すぐにニュースアグリゲーターのTechmemeも以下のように取り上げていた。
このSilicon Alley Insiderの記事が出るとすぐに,Appleの株価も急落前近くに戻り,それからiReport.comの問題記事も削除された。このように1時間半くらいの間に,ジョブスに関する情報がブログなどのソーシャルメディアの世界で飛び交ったことになる。新聞社系の主流メディアがこのニュースに乗り込んできたのは,決着がついてからであった。
今回の事件は,iReportに虚報記事を投稿した者が悪いのは明白である。株価操作の疑いもあり,SEC(米証券取引委員会)は調査に乗り出した。でも,こうした偽情報の投稿は今後とも無くならないだろう。というか,増えてきそうだ。メインストリームメディアでも最近は,ソーシャルメディア化の流れの中で,危なっかしいが市民ジャーナリズム的なUGCの受け皿も用意しなければならなくなってきているからだ。
でも,CNNが責められているようだ。CNNとしては,CNN.com(これまでのジャーナリズム)とiReport(市民ジャーナリズム)の境界線を明確にしていたのだが。CNN.comの記事には編集責任を持つが,iReportの記事はユーザーお任せなのでそのつもりで,ということだったのだろう。iReportのようなユーザー参加型サイトでは一般に,この程度の虚報を無くすことは難しい。問題が見つかったり通報があれば,その都度消去するなりの対応をとることになる。
iReportの記事を“Unedited.Unfiltered.”と明言しても,CNNが編集した記事と見られてしまっていたのでは,手の打ちようがない。Techcrunchと共にネット業界で最も権威のあるブログSilicon Alley Insiderまでが,見出しでiReportの記事をCNN Citizen Journalistの記事と呼んでいた。これでは、iReportの投稿記事をCNNが編集した記事とみなされても仕方がない。
◇参考
・Apple Denies Steve Jobs Heart Attack Report: "It Is Not True"(Silicon Alley Insider)
・Apple says Steve Jobs heart attack rumor untrue(LATimes.com)
・「S・ジョブズ氏が心臓発作」の誤報が広まった背景(CNET Japan)
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