音楽産業の次は雑誌産業も。Appleは米国のデジタル音楽の流通プラットフォームを事実上牛耳ったように、デジタル雑誌産業の流通も支配していこうと、米国の大手出版社に対して個別に、Appleルールに従うよう説き伏せてきた。そして、両社の綱引きの結果もほぼ出揃い、電子雑誌ビジネスが本番を迎えることになった。
Appleは音楽流通の場合と同様、デバイスとコンテンツ販売サイト(App Store/iTunes store )の二つの武器を擁している。1年少し前に登場してきたiPadに代表されるタブレットデバイスが、電子雑誌のeリーダーとして最有力視されている。そのタブレット市場では、先行したAppleのiPadが約8割のシェアを確保し事実上寡占状態にある。電子雑誌事業に進出する雑誌社にとって当分の間は、電子雑誌リーダーとしてiPadを最優先にしていかなければならない。そのiPadアプリ向け電子雑誌の販売/決済の場となるのがiTunes store(App Store)である。つまり電子雑誌を売っていくには、iPad+ iTunes storeのプラットフォームを利用せざる得ない状況にあるのだ。
ただし昨年は、電子雑誌市場は本番前の足慣らしの段階であった。まず、iPadの出荷台数がまだまだ少ないことと、iTunes storeにおける電子雑誌の販売が1部(1号)売りしか認められなかったことがある。それでも電子雑誌に活路を期待している出版社は次々と、iPadアプリの電子雑誌を送り出してきた。大手出版社も有力雑誌のiPad向け電子版(電子雑誌)を発行してきた。たとえば、Time社からはTime、People、Sports Illustratedなど、Condé NastからはVogue、New Yorker、Vanity Fairなど、HearstからはEsquire、Cosmoporitanなど、それぞれの電子版がiTunes storeからダウンロード販売されるようになった。
だが、号あたりの販売部数は有力誌の電子版でも1万部を届かない場合が多く、販売部数も伸び悩んでいる(紙媒体の有力誌ともなると発行部数が100万部を超えるのが一般的)。電子版の立ち上がりが鈍い要因の一つとして、iTunes storeで電子雑誌の定期購読サービスが実施されていないことが挙げられていた。米国の雑誌読者にとって割安の定期購読が当たり前になっているだけに、電子版においてもその実施が待たれていたのだ。そして今年の2月に入ってようやく、iPad/iPhoneアプリの電子新聞や電子雑誌を定期購読するルールが固まった。
前述の二つの武器を背景に、Appleが主導権を握るルールである。電子雑誌の販売売上の30%はAppleが手数料として徴収する。定期購読料になってもAppleの取り分は同じく30%である。そして、定期購読を含めた購読者の個人情報はAppleが管理する。これまで培ってきた自前による定期購読販売を核としたビジネスモデルを、雑誌社が放棄することになりかねない。雑誌社にとって武器であった定期購読者リストが、事実上Appleに渡ってしまうことになるからだ。
このためTime、Hearst、Condé Nastなどの大手出版社が、Appleに対して猛反発したのは当然であった。だが一方で、今年内にもiPadが累計約4000万台出荷され電子雑誌の利用環境が一気に拡大しそうなだけに、出版社の本音としてはiPad向け電子雑誌事業に本格的に展開したいようだ。そこで、一部の出版社はAppleの主張をすぐに受け入れて、Newsweek、Popular science、Elleなどの雑誌の電子版をiTunes storeで定期購読できるようにした。でも大手出版社はAppleと定期購読ルールを巡って激しく対立していたのだが、先週ついに大手出版社の一角が崩れ、とうとうHearstがAppleルールに従うことになった。同社発行雑誌のPopular Mechanics, Esquire それに O(The Oprah Magazine)の電子版(iPad向け)が7月号から, 月間1.99ドル、年間19.99ドルでiTune storeで定期購読販売されることになった。
そして今週に入ってCondé Nastも、同社の電子雑誌をiTune storeで定期購読販売することでAppleと同意したのだ。the New Yorkerから始め、GQ, Wired, Golf Digest, Self, Glamour, Vanity Fair 、Allureの各雑誌の電子版(iPadアプリ)がiTune storeで定期購読ができるようになる。Condé Nastのthe New Yorkerの電子版は、Hearstの電子雑誌よりも一足早く、iTune storeで定期購読販売が始まっている。これまでNew Yorkerの電子版は雑誌と合わせて週刊で発行されていたが、iTune storeでは1号売りしか認められなかった。その時の単価は、以下のように4.99ドルであった。それが今回の電子雑誌の定期購読化が実施され、かなり割安になった。月間購読料が5.99ドル、年間購読料(47号)が59.99ドルに設定されている。年間購読なら1号あたりの価格が約1.3ドルで済む。
●iTune Storeでの価格
ここで注目されるのが、New Yorkerの電子雑誌(iPadアプリ)をCondé Nastのサイトからでも申し込めるようにしたことである。ただし、電子雑誌だけの定期購読の申し込みをCondé Nastのサイトでは受け付けない。Condé Nastのサイトでは、電子雑誌に紙の雑誌とWebコンテンツとをセットにした形でしか販売しない。セットの月間購読料を6.99ドルに、年間購読料を69.99ドルに設定した。
●Condé Nast Digitalでの価格
激しく反発していたCondé NastにAppleの定期購読ルールを受け入れさせるには、Appleも少し譲歩する必要があったようである。Condé Nastをはじめとする出版社は、iTune storeで販売した電子雑誌の手数料が売上の30%であることに不満を抱いてはいるが、それ以上に電子雑誌の新規の購読者の個人情報がAppleに握られてしまうことに拒絶反応を見せている。読者とのダイレクトな接点をAppleが持つようになるのに対して、出版社は読者との接点を失っていきそうである。出版社の不満を配慮してAppleは、出版社のサイトでも電子雑誌の申し込みを認めることにしている。出版社サイトで申し込んだユーザーの個人情報は、出版社が確保できる。ただし、電子雑誌の価格やサービス内容はベストのものを、iTune storeで提供しなければならないという厳しい条件がある。出版社サイトで、iTune storeより安い定期購読料を設定することは認められない。
先の電子版the New Yorkerの例でも、電子雑誌だけを申し込む場合、定期購読料が安いのはiTune storeとなっている。Condé Nastの出版社サイトでは、紙の雑誌とのセットでしか電子雑誌を申し込めない。紙の雑誌の価格を非常に安く設定することにより、Condé Nastとしてはセットユーザーを増やし紙の雑誌を介して読者との関係を保ちたいのだろう。またCondé NastのサイトでiTune storeと同じ定期購読料サービスを提供したとしても、手軽に申し込め実績のあるiTune storeに新規読者は流れてしまいそう。
いずれにしろ、定期購読の申し込み者の多くはiTune storeに集まることになりそう。そうなると、雑誌出版社は新規読者の個人情報を集めることができなくなる。そこでCondé Nastは、iTune storeで申し込んだ読者の個人情報を知らせてほしいとAppleに強く要求した。Appleは、雑誌購読申し込みの読者が、自分の個人情報を出版社と共有することを許しさえすれば、個人情報を出版社に提供することに応じることにした。いわゆるオプトインを導入し、ユーザーの同意があればそのユーザーの個人情報が雑誌側に渡ることになる。
読者がiTune storeで購読を申し込むと、以下のようなポップアップウィンドウが現れ、個人情報の共有を同意するかを聞いてくる。調査によると、iPadの定期購読者の50%が同意することが明らかになったという。つまり、iTune storeで申し込んだ定期購読者でも、その50%の読者の個人情報(定期購読者名、eメールアドレス、zipコードなど)をCondé Nast が入手できるようになる。こうした背景があって、Condé NastはAppleと合意することになったようだ。

最後までAppleに抵抗しているTime社は、雑誌(紙)の定期購読者に電子版(iPadアプリ)を無料でダウンロードさせることにした。新規の定期購読者は紙の読者としてTimeのサイトから申し込むため、読者の個人情報はこれまで通り、自分たちの手で管理できる。それに電子雑誌はタダ(売上ゼロ)なので、Appleに手数料を徴収されることもない。でも、これは暫定的な措置であろう。これから主役になろうとする電子雑誌が、紙雑誌のおまけとしてタダで提供していくのは不自然である。いずれ、アップルルールに歩み寄らざるえないのでは。
iPadアプリの電子雑誌市場が、Appleのコントロール下で、本格的に立ち上がろうとしている。
◇参考
・Updated: The New Yorker Leads Conde Nast’s iPad Subscription Push(paidContent)
・'The New Yorker' magazine is first in-app subscription for the iPad(USATODAY)
・Time Inc. on iPad Subscriptions in the App Store: 'We Have Chosen Not to Do That'(AdAge)
・Why Are Magazine App Subscriptions Priced So Weird?(Time,TECHLAND)
・Half of iPad magazine subscribers ready to share data with publishers(TOPNEWS)
・Apple should clarify iOS subscription policy(Macworld)
・Surprise: 50% of iPad subscribers click "Allow"(Fortune)


