ミャンマー政府は、移動通信(携帯通信)の普及率80%を2016年までに達成させるために、携帯電話事業の国際入札を実施すると、今年の1月初めに発表した。ミャンマー国内での携帯通信事業実施のライセンスを海外の通信事業者に与えるとあって、Singapore Telecommunications Ltd., Axiata Group Bhd.(マレーシア), ST Telemedia Pte 、 Telenor ASA (ノルウェー)などが一斉に入札に参加する。日本からはKDDIが加わった模様。6月にもライセンスが2社に付与され、更新を継続すれば20年間も携帯事業を運用できることになる。
3年少々で電話普及率80%達成とは、かなり無謀な計画と思われるが、決してそうではない。確かにミャンマーの電話普及率は現在10%である。かつての固定電話網だと、各加入者に電話線(銅線など)を敷かなければならなかったので、電話の普及率を高めるのに非常に長い年月を要した。だが携帯電話網だと基幹網を核にして基地局を配していけばよいので、短期間にテレコム普及率を高めることが可能である(注1)。実際、開発途上国で、電話普及率が凄い勢いで伸びているのは、固定電話サービスを事実上バイパスし携帯電話サービス中心でまい進しているからである。同じように遅れていたカンボジアが70%、ラオスが87%の電話普及率を実現しているのも、こうした携帯電話網の台頭があるからだ。
ミャンマーも電話普及率が現在10%となっているが、固定電話普及率はわずか1%しかない。一方の携帯電話普及率は9%となっており、既に携帯電話が中心となっている。80%の実現でも携帯電話が牽引することになる。またこの携帯電話プロジェクトで注目すべきは、モバイルインターネットを急速に立ち上げる起爆剤になりそうなことだ。
インターネットの普及率でも現在のミャンマーは1%くらいと極端に低い。60%台のマレーシア、30%台のベトナムやタイに遠く及ばないのは仕方がないとしても、約10%のラオスや約5%のカンボジアと比べても大きく立ち遅れている。一昨年少し前まで、貧しいミャンマーの一般市民にとって、インターネットは無縁のサービスであった。電話(テレコム)の普及率が10%未満で通信インフラが整備されていないこともあるが、長い軍政下で鎖国状態に置かれていたミャンマーでは、ボーダレスのインターネットサービスは事実上ご法度であった。ところが2011年3月に新政権が生まれ、民主化の流れに乗って、インターネットの利用も大幅に開放されることになり、ミャンマーでもインターネット普及を阻害する壁が除かれてきた。
先進国のインターネットは固定電話網とパソコン端末の組み合わせで立ち上がっていったが、新興国ではそうはいかない。固定電話網が十分に整備されていないし、一般国民にとってパソコンは高価であったからだ。ところが新興国では最近、固定電話網とパソコン端末の組み合わせをバイパスして、整備されてきた携帯電話網とモバイル端末の組み合わせでインターネットが急速に普及してきている。ミャンマーでも同じ流れが出てきそうだ。2016年までにテレコム普及率が80%に達する見込みのミャンマーでは、新たに4500万人近いモバイルユーザーが生まれことになる。その約半数の2000万人以上が、モバイル・インターネット・ユーザーになると期待されている。そのためのモバイル端末は、価格が急降下し始めたスマートフォンやタブレットが主流になりそう。
ミャンマーの最大都市ヤンゴンを訪れば、すでにその兆しが見られる。スマホに見入っている人にそこらじゅうで出くわす。露店で賑わうダウンタウンでは多くの携帯電話販売店が立ち並んでいるのだが、主役製品は完全にスマホに交代している。政府の民主化政策に沿って海外とのネット接続が開放され、スマホで自由に海外ともやりとりができるようになったのだから、若者がスマホに異常なまでに関心を寄せるのも当然だろう。長い鎖国状態から解き放された今、スマホは自由化のシンボル的な存在になっているようだ。インターネットの通信環境が貧弱な今でも、スマホ人気が高まっているのだから、ネットインフラが整う2016年ころには、スマホ市場が大きく開花しているのではなかろうか。
こうしたミャンマーのこれからの躍動を察知して、日本のネットベンチャーもミャンマーに進出を始めている。アライズ(代表取締役 小池 正行 )もその1社で、ヤンゴン市内にスマートフォンサービスの企画・開発に特化した子会社を2012年11月に設立した。現在11人体制でスタートしており、優秀なIT人材を確保し、教育し、オフショア開発拠点としての機能を充実させることが当面の目標。すでに現地では2月に入って社外向けAndroid開発セミナーを開催し、今後もAndroid開発やiOS開発などのセミナーを継続していく予定である。
日本の企業が新興国に進出する動機の一つに、安い人件費が挙げられる。ミャンマーは1人当たりのGDPが800ドル程度の非常に貧しい国であり、従って人件費も安い。大卒IT 人材の初任給も、中国の約5 分の1、ベトナムの約3分の1 の水準にあるという。でもエンジニアの質は潜在的に高いと、関係者は声を揃えていう。向学心が高く、好奇心も旺盛である。さらに、ミャンマー語と日本語の文法が似ており、日本語を迅速に習得しているという。それに、お世辞かもしれないが、親日家が多いとも。
アライドの計画では、2013 年6 月までに20 名体制、2016 年までに100 名体制へ拡大していく予定である。当面は安い人件費のオフショア開発に力を入れるが、そのオフショア開発を通して現地のITエンジニアのスキルを高めていき、2016年ころまでにはミャンマー市場向けの開発にも注力できるようにしていきたいと、小池社長は長期的な視野に立った抱負を語る。現地スタッフも当初は日本の先行した技術ノウハウなどの習得に精を出すだろうが、時期が来れば、日本市場向けだけではなくて、自国(ミャンマー)向けの開発に取り組みたくなるのは避けられないからだ。
このように、ミャンマーでも本格的なモバイルインターネット市場の下地作りが始まった。ただし日本企業は、中国リスクが発生したように、ミャンマーリスクも視野に入れておく必要がありそう。民政移管後の現政権はまだ軍の影響下にあるし、軍が既得権を手離すとは思えないからだ。先週もテイン・セイン大統領が空軍トップのMyat Hein氏(写真)を通信情報技術の新大臣に任命したばかりである。同大臣が携帯電話網プロジェクトの事業者を6月にも決定し、またソーシャルメディアの利用などを規定する新テレコム法も策定すると見られている。また先週、ミャンマーの複数のジャーナリストは、彼らの電子メールアカウントが政府関係からアタックされているとの警報を、Googleから受けている。
確かに現政権はまだ安定していないものの、進めている民主化の動きが逆流するとは思えない。すでに新聞などのメディアもかなり自由に報道できるようになっており、さらに今年4月から民間新聞も毎日の発行が許されることになった。日刊紙を出す予定のELEVENは、先の通信情報技術の新大臣任命のニュースでも、問題があることを指摘ししていた。ともかくこの1年間だけでも民主化が目に見えて進んでおり、その喜びを爆発させるかのように、昨年大晦日に10万人近くがヤンゴンに集まって開かれたカウントダウン・イベント(写真)は盛り上がった。
注1)Deloitteによると、2016年までに電話普及率80%を目指す今回の携帯電話システムの投資額は40億ドルを超えると試算している。数1000kmの光ファイバー基幹網と、1万5000個以上の鉄塔(現在は1800個)を敷設する必要があるという。
◇参考
・Myanmar Telecom Frontier Draw May Make It Costly: Southeast Asia(Bloomberg)
・Debate sparked over Myanmar's new telecoms minister(MyanmarTimes)
・Air Force boss to take over telecoms(MyanmarTimes)
・Eleven Media seeks green light to go daily(ELEVEN)
・Journalists targeted for “state-sponsored” Gmail hackings(ELEVEN)
・Global telcos eye big game in Myanmar(Business Standard)
・5 signs Myanmar is getting easier for travelers(CNN Travel)
・Asia - Mobile, Broadband and Digital Economy Overview(Budde Comn)
・Your next smartphone might come from Myanmar, not China.(Firstpost)
・Myanmar Gauges Telecom Internet(WSJ)
・アライズ、Arise Myanmar(アライズ ミャンマー)設立(日刊工業新聞)
・The mobile web atlas of Asia Pacific(Opera)
・5th top smartphone user, India gaining on China, US(BusinessLine)
・Myanmar bans social media use under telecoms bill(ELEVEN)