
(ソース: McKinsey Global Institute)
図1 マッキンゼーのIoT市場予測
そのIoT市場の主導権を握るのはどこか。やはりネット企業なのだろうか。必ずしもそうではなさそうだ。影が薄くなっていた伝統的な老舗企業が、今度こそは我々の出番だと意気込んでいる。
インターネット市場はこの20年近く、爆発的な成長を遂げてきた。ヤフー、アマゾン、グーグル、フェイスブックのようなシリコンバレー育ちの新興企業が台頭し大活躍してきた。その間、これまで産業界の主役であった伝統企業の多くは、守勢に回りがちで以前に比べ今一つ元気がなくなった。自分たちが長年築き上げてきたビジネスモデルを新興ネット企業によって破壊され、主導権を握られることが増えてきたためだろう。特にコンシューマ分野においてネット企業による主役交代の場面が目立った。
ところが高成長が続いたインターネット市場もやや陰りが見え始めてきた。あれだけ勢いのあったスマホも出荷台数の伸びが鈍ってきている。そこで成熟期をいずれ迎えるであろう従来型インターネット市場に代わって、次の新しいインターネット市場を探る動きが出てきているのだ。それがIoTである。これまでのインターネット市場では、つながることが前提のPCやスマホなどのデバイスを対象に各種ネットサービスが提供されてきた。次のIoTと称する新しいインターネット市場では、つながることを前提にしなかったモノも含めて、あらゆるモノをつなげて斬新なサービスを提供していこうとしているのである。
モノのインターネットは急に飛び出てきたわけではない。例えば20年ほど前にはユビキタスコンピューティングとかユビキタスネットワークという掛け声で立ち上げようとする動きが盛り上がったこともあった。ここにきて、センサー、GPS、モバイルネットワーク、クラウドコンピューティング、ビッグデータ、人工知能、ロボットなどのIoTを支える技術が進歩し整備されるに伴い、いよいよ本番を迎えようとしているのだ。それに合わせてIoTの市場を占うレポートが、3〜4年前あたりから調査会社やコンサル会社、開発企業などから次々と発表され始めた。2020年には300億個のモノがつながり、3兆ドル超の巨大市場を形成するといったレポートのように、IoT参入企業を元気づける内容となっている。
実はモノのインターネットは既に地道に普及してきている。身近な例では監視カメラや自販機がネットに接続され始めているし、産業機器のネットワーク化も盛んになってきている。それに伴い、IoT関連技術の開発競争も激しさを見せている。英国特許庁の調査によると、世界のIoT関連の特許件数は年率40%で増え続けている。2004年から2013年までの10年間に生まれてきたIoT関連発明件数の企業別ランキングは図2のようになった。

(ソース:Forbus、データ: United Kingdom’s Intellectual Property Office)
図2 IoT関連発明件数の企業ランキング。英国特許庁調査による。2004年から2013年のパテントファミリー(特許の優先権を利用して出願した特許の出願群)数を計数している。IBM、ソニー、インテル、GEの老舗企業の他に、ZTE、LG、サムソンの中国/韓国系メーカーや、ノキア、エリクソンの北欧系通信機メーカーが目につく。
興味深いことに、トップ20社にシリコンバレー育ちのネット新興企業が選ばれていない。それに代わって、伝統的な老舗企業が数多く姿を現している。IoT開発がまだ、センサーや通信などのハードウエアが中心の段階であるからかもしれない。さらにネット企業にとって3年ほど前までは、従来のインターネット市場でソーシャル化、モバイル化を巡って苛烈な競争の繰り広げている最中で、とても先のIoT開発を本格的に取り組む余裕がなかったとも言える。でも自動運転車の開発で先行しているグーグルは、2年ほど前から、計8社ものロボット会社、ネット接続のサーモスタットや煙感知器などを開発している「Nest Labs」、AI関連スタートアップ「DeepMind」などを矢継ぎ早に買収し、IoT開発でも存在感を誇示している。
従来のインターネット市場の事業者からすれば、IoTのモノとしては、
・ウェラブル(メガネ、ブレスレット、靴、時計、シャツ/ジャケットなど)
・ホーム(家電製品、照明、セキュリティー装置、冷暖房空調設備、サーモスタットなど)
のような、身近なコンシューマ向けデバイスを対象にしていきたい。
年初に開催された恒例の家電見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー:CES」でも、今年はIoTが目玉になっており、900社以上がIoT関連の製品やサービスを展示していた。これを見たネット企業は、これからのIoT市場においても活躍できると期待したかもしれない。
ところが、冒頭のマッキンゼーの調査からも分かるように、調査会社やコンサル会社、それにメディアやIoT関連企業が描いているIoT市場の青写真では、ウェラブル・デバイスや家電製品などをあまり眼中に入れていないようだ。図2に示すようにマッキンゼーは、工場、乗物(鉄道、航空機など)、小売、職場、公共物、屋外(物流、自動運転)などの9カテゴリー別にIoT市場規模をはじいている。その70%以上がB2Bアプリケーションと見ている。経済効果が最大のカテゴリーは工場のIoTで、1.2兆ドルから3.7兆ドルと予測している。工場内のモノをセンサーネットワークでつないで、効率的な運用管理や保守を実現させる。B2Bアプリケーションは一般に、B2Cアプリケーションに比べ桁違いに経済効果が大きい。例えば、IoTを活用して電力の燃料削減を1%達成できれば、世界市場で数百億ドル規模のコストを毎年抑えることになるという。医療分野の効率向上や天然資源の設備投資削減でも、同じようにそれぞれ数百億ドル規模の経済効果を生むそうな。これらを積み上げていけば年間10兆ドルを突破するということか。IoTの予測には不確定要素が多く、大風呂敷を広げた夢物語も少なくないが、ともかくほとんどの産業を巻き込んだ形で動き出したのだ。
ついでに、Business Insiderの予測も覗いてみよう。ここでは、ホーム、政府/インフラ、企業の3セクターに分類して、それぞれにおけるIoTデバイス数と経済効果の予測をグラフで示している。図3がIoTデバイス数、図4が経済効果の予測推移である。ここでも、政府/インフラや企業向けのB2Bアプリケーションが70%以上占めている。

(ソース:Business Insider)
図3 Business Insider調査によるセクター別のIoTデバイス数

(ソース:Business Insider)
図4 Business Insider調査によるセクター別のIoT市場規模
もう一つのYole Développementの調査は切口が他と違っていたので、紹介しておく。下の図5は、IoT関連製品やサービスを提供している企業の売上高推移(予測)である。ハードウエア、クラウド、データに分けて予測している。2024年まで年平均成長率 42%で急激に伸び続け、2024年の売上規模は4000億ドルを超えると見込んでいる。2019年までの今後5年間は、ハードウエア(センサーなどを含むIoTデバイス)の売上高が最も多い。2019年においても、ハードウエア売上が年間670億ドルとなり、570億ドルのデータ売上高を上回っている。でも2020年以降はソフトや付加価値サービスの売上が急上昇するのに対して、単価が下落するハードウエアの売上高は下降していくと予測している。特にデータ売上の伸びはすさまじく、2024年には総売上高の約75%と大半を占めると見ている。AIを活用したビッグデータ分析技術が問われそう。

図5 Yole Développement調査によるIoT市場規模 2020年まではハードウエア分野の売上が多いが、2020年以降はデータ分野が大半を占める
日本企業は優れたセンサーなどの部品技術を擁するので、IoTデバイスの部品供給で力を発揮しそう。でもスマホビジネスのようにスマホ本体への部品供給だけに終わるのではなくて、市場規模の大きいクラウド(プラットフォームなど)やデータ(アプリ)分野にもグローバルに活躍してもらいたい。IoTは政府や伝統企業を顧客としたB2Bアプリケーションが主流で、シリコンバレー育ちの歴史の浅いネット企業には参入しずらい分野である。アプリケーション分野で対象となる工場、自動車、鉄道、公共設備/インフラ、物流、建設、などのモノつくりに定評の高かった日本の伝統企業が、つながることを前提にした付加価値の高いモノつくりでも世界をリードしてもらいたいものだ。
◇参考
・Here's what happened in Internet of Things this week(Business Insider)
・Unlocking the potential of the Internet of Things( McKinsey Global Institute report)
・Where Is The Internet-Of-Things Being Invented? Not In Silicon Valley(Forbes)
・MEMS Executive Congress 2014(SEMI)
・CES Overselling the Internet of Things(EDN)