今回の調査は2016年1月〜2月に、26か国のオンライン・ニュース・ユーザー5万人を対象に実施した。各国から、少なくとも2000人がアンケート回答者として参加した。日本人回答者は2011人。
26か国は、いわゆるニュースメディア先進国で、国名は次の通りである。
United States 、United Kingdom、Germany、France、Italy、Spain、
Portugal、Ireland、Norway、Sweden、Finland、Denmark
Belgium、Netherlands、Switzerland、Austria、Hungary
Czech Republic、Poland、Greece、Turkey、Korea
Japan、Australia、Canada、Brazil
いずれもインターネットの先進国でもあり、比較的普及が遅れているブラジルでも58%、トルコでも60%がインターネットを日常的に利用している。中国やロシアは含まれていない。
●パブリッシャーでないポータルが、日本市場を完全制覇してきた
日本のオンラインニュース環境で最も特異なことは、オリジナル・ニュースを作ってこなかったポータルのヤフーニュース(Yahoo! ニュース)が完全に制覇してきたことである。パソコン全盛時代には、日本のインターネットユーザーにとって事実上、「ヤフーニュース=インターネット・ニュース」であった。
海外の主要国では、21世紀に入るころから、新聞やTV・ケーブルの伝統メディア会社がオンラインニュース・サイトにも積極的に進出し、激しい競争を繰り広げながら成長してきた。一方日本の伝統メディアは、カニバリズムをあまりにも気にして、オンラインニュースの取り組みは非常に消極的であった。そのためネットビジネスのノウハウで秀でていたヤフーニュースが、強い競争相手なしに思う存分に市場展開でき、同社にとって収益性の高いビジネスモデルを確立し、市場を完全制覇してきた。
このため、海外のような伝統パブリッシャーの優れたニュースサイトが生まれてこなかったし、人材も十分に育ってこなかった。日本のオンラインニュース産業にとってもユーザーにとっても、ヤフーニュースしか頼れない、悲劇的な状況が長く続いてきたといえる。
オンラインニュースの主戦場が、パソコンからモバイルに移るに伴い、ヤフーニュースの完全独走にも待ったがかかり始めている。ようやく日本でも新聞系サイトが充実し始めたし、TV系サイトも動画ブームに乗ってユーザーを増やしている。それでも今回の調査でも、主に利用しているニュースブランド名を答えさせると、未だにヤフーニュースの人気が抜群に高い。ここでは図1A〜Cに、日本を含めた6か国を取り上げて、人気オンライン・ニュース・サイトを列挙しておく。
日本ほど極端ではないが、英国も特定サイトが独走している。トップを走る公共メディアBBCは、グローバルにも展開している巨大なパブリッシャーでもあり、多くのデジタル人材を育ててきた。また日本での2位のNHKと違って、政権との距離を意識して置くようにしているため、信頼も高い。英国の場合、独走の弊害が日本ほどひどくはない。2位以下にMail Online、Guardianさらに米国の有力メディア(パブリッシャー)が競い合っており、グローバルでも非常に人気の高いサイトとして成長している。決して悲劇的な状況ではない。
図1a 主に利用しているオンライン・ニュース・ブランド。日本(左)とフランス(右)
図1b 主に利用しているオンライン・ニュース・ブランド。米国(左)と英国(右)
図1c 主に利用しているオンライン・ニュース・ブランド。スペイン(左)とトルコ(右)
●26か国中、日本は軟派系ニーズが最も高くて、硬派系ニーズが最も低い
オンラインニュース消費者のニーズでも、日本は際立った特異性を見せつけてくれる。どのニューストピックスにどの程度関心を寄せているかを問うたアンケート結果では、26か国中,日本が最も軟派ニュースのニーズが高く、逆に最も硬派ニュースのニーズが低かった。図2がその結果である。
ここで、硬派ニュースとは、国際、政治、ビジネス/経済、健康/教育ニュースといったトピックスのニュースを指している。一方軟派ニュースとは、エンターテインメント/セレブ、ライフスタイル、アート/カルチャー、スポーツといったトピックスのニュースを指している。
図2 関心のあるニュース・トピックスは硬派系か軟派系か?
ソーシャルメデャアなどを介して実際に消費しているニュース・トピックスは軟派系の割合が多いはずだが、今回のロイターの調査のように、どのようなニュース・トピックスに関心があるかと聞かれると、硬派ニュースが増えるのだろう。
硬派のトピックスに関心を寄せる割合が、ギリシャが81%、スペインが77%、ドイツが76%、米国が74%と高いのに対し、日本は49%と最も低く26か国の中で唯一50%を切っていた。ギリシャのように、金融危機/失業、難民など切羽詰まった身近な問題を抱えた国では、それらの硬いトピックスのニュースをもっと知りたくなるのは当然かもしれない。日本も、高齢化、財政破綻、格差社会など多くの問題が山積しているはずだが・・・。
こうした難問から逃避したいのか、日本では軟派ニュースのほうに関心を持つ人の割合が34%と、26か国の中で最も高かった。ロイターのレポートでも、エンターテインメント/セレブ・ニュースに最も興味を持つ国民として紹介されていた。さらに注目すべきは、軟派ニュースのほうに興味を寄せる若者の割合が、日本では極端に高いことだ。図3に示すように、硬派よりも軟派ニュースに目を向ける割合は、どの国でも若い人ほど高い傾向を示す。18〜24歳の若者で軟派ニュース寄りの割合を国別で比較すると、スペインが18%、ドイツも18%、米国が23%、英国が17%、イタリアが29%であるのに対して、日本は58%と断トツの値を示していた。
図3 軟派ニュースのほうに関心を持つユーザーの割合(年代層別)
ニュースの本流であるはずの硬派ニュースに目を向けるオンライン・ニュース・ユーザーの割合が相対的に低い理由として、文化や国民性、政治・経済環境なども考えられるが、非パブリッシャーのポータルが日本のオンライン・ニュース市場を独占的に支配してきたことも影響しているのではなかろうか。
オリジナルの硬派ニュースの多くは、伝統的な新聞社や雑誌社で作られている。ヤフーニュースは、これら伝統パブリッシャーから提供された硬派ニュースも発信していた。だが、伝統パブリッシャーは本丸のプリント事業に悪影響を及ばさない範囲内でしか、ヤフーニュースには硬派ニュースを渡さなかった。このため質の高い硬派ニュースがネット上には多く流れなかった。そうでなくても、米英の英語圏に比べて質量とも雲泥の差があるだけに、日本のオンライン上の硬派ニュースが充実していたとは言えない。その対応としてヤフーニュースは、伝統パブリッシャーなどから配信された硬派ニュースのレベルを底上げるために、独自のトピックス・ページを設けたりして頑張ってきた。
硬派ニュースは主要先進国に比べ相対的に充実してこなかったが、一方で軟派ニュースは伝統パブリッシャーに頼らなくても済むこともあって豊富で活気がある。軟派系ニーズが最も高くて、硬派系ニーズが最も低い国となってきたのも、こうした背景が一つの要因となっているのではなかろうか。質の高い硬派ニュースに出会う機会が少なければ、硬派ニュースに興味を抱かなくなっていくのも仕方がないのかも。
●有力なパブリッシャー・サイトが育たなかったので、アグリゲーターを受動的に利用
非パブリッシャーのポータルが独占支配し、ニュースサイトが育ってこなかったことは、次の調査結果でも明確に示されていた。図4は、オーディエンスがどのようにしてオンラインニュースを見つけているかを調べた結果である。先週、どこでオンラインニュースを見つけたかを複数回答させている。つまり、オンラインニュースとの出会いの場(チャンネル)を示している。ここでは、ダイレクト・エントリー(ニュースブランドのWebサイトやアプリに直接アクセス)、検索エンジン、ソーシャルメディア、アグリゲーター、電子メール、モバイル・アラートの6種のアクセス・チャンネルを取り上げていた。
図4 オンラインニュースをどこで見つけているのか。
アグリゲーターでオンラインニュースに接している割合が、やはり日本が43%と飛びぬけて高い。日本がヤフーニュース天下であることを、知らしめてくれている。主要な先進国では、米国が9%、英国が6%、ドイツが6%、フランスが9%と、アグリゲーター依存は低い。日本人のアグリゲーターによるニュース接触の習性は、モバイル(スマホ)時代にも引き継がれている。日本では、スマートニュースやグノシーのようなニュースアプリが人気の高いのは、そのためである。
逆に日本では、ダイレクト・エントリーの割合が12%と、ずば抜けて低かった。チェックすべき信頼できるニュースブランド(Webサイトやアプリ)が少ないということであろう。つまりそのようなニュースブランドが育ってきていないのだ。だが他の主要先進国では、ダイレクト・エントリーの割合は未だに高い。英国が47%、米国が35%で、北欧4国(NOR,SWE,FIN,DEN)に至っては40%台〜60%台である。図1に示したように、パブリッシャー(オリジナルコンテンツ作成者)であるニュースブランドが品質面でも競い合っている。たとえば、英国のBBCやGuardianとか、米国のCNN onlineやNYタイムズのような特定のサイト/アプリを直接アクセスしておきたいというオーディエンスが多いのもうなづける。
日本では、直接アクセスするほどのサイト/アプリが少ないので、適当にフィルタリングしてまとめてくれるアグリゲーターを受動的に利用することで、満足(あるいは我慢)している人が多いのだろう。
メディア接触でも最も受動的
また本格的なソーシャルメディア時代に入って、ソーシャルメディアがオンラインニュースの出会いの場として急浮上してきた。そこではニュース・コンテンツ対し参加しエンゲージするオーディエンスが増えている。共有したりコメントを加えたり、投票したり、写真などを投稿したり・・・、と能動的にニュースと接する。過去1週間に、ニュース記事に参加したりエンゲージしているレベルを定量的に測定した結果を、国別に比較したのが図5である。おしゃべり好きが多い南欧を中心に60%から90%の高い値を示している国が大半だが、控えめな日本人はここでも特異性を発揮し、40%と低く唯一50%を切っていた。
図5 ニュースに対して能動的な行動をとるオーディエンスの割合。
別のアンケート調査結果からでも、ロイターは日本の消費者が26カ国中最も受動的で、最も能動的でない国民としてまとめていた。
ソーシャルメディアを介してニュースと接触する頻度(割合)は、図4に示すように、日本人は14%と、26カ国中最も低かった。受動的な国民性のせいかもしれない。でもこの1年、日本でもソーシャルメディアを介してニュース接触する人が急増している。ファッションや美容、それに料理やゲーム、芸能などの軟派ニュースが中心である。
生活を楽しくしてくれる軟派ニュース市場が盛り上がるのは素晴らしい。参入障壁も比較的低いこともあって、若い人がニュースメディアに関心を持つようになてきたのも嬉しいことである。ただ日本ではバイラルメディアなどが過度に高く評価され、軟派ニュース一辺倒になりがちな点が気になる。今回のロイターの調査でも、日本以外のメディア先進国の多くの人も軟派ニュースを楽しんでいるのだが、同時に、硬派ニュースの重要性を強く感じている。それに応えるように、硬派ニュースを核にしたオンラインニュース・ブランドが多く存在し、生まれてきている。
◇参考
・The Reuters Institute Digital News Report(Reuters Institute)