そのライブ動画で注目したいのが、やはりFacebook Live。米国でサービスが立ち上がって半年少々しか経っていないし、大半のパブリッシャーにとってまだ試行錯誤の段階である。にもかかわらず、すでに社会を揺り動かすメディアになっているのである。
最も衝撃的であったのが、1カ月ほど前の7月6日の出来事である。米ミネソタ州で、運転していた黒人男性を警官が射殺した事件で、同乗していた彼の恋人が射殺される様子をスマホで動画撮影しFacebook Live機能でフェイスブックに投稿したのだ。射殺の瞬間が、約10分の動画で生中継の形で流れたのである(恋人のLavish Reynoldsさんが投稿したライブ動画はこちら)。悲惨な現場で動画撮影すること自体に衝撃を受けたが、同時に一般のフェイスブックユーザーでもFacebook Liveでライブ動画を投稿する状況になっていることにも驚いた。
一般のユーザーだけではない。パブリッシャーやブランド(企業)は、Facebook Liveのビジネス利用に関心を寄せるている。たとえば既にABC Newsは、7月下旬に開催された大統領選候補者選出の共和党および民主党の全国大会現場から、Facebook Liveでライブ動画配信を実施した。両大会合わせて期間中に累計74時間ものライブストリームを投稿し、2800万回以上も視聴された(図1)。ABC Newsのようなテレビ局にとって、テレビ離れが進む若者対策が課題になっており、フェイスブックなどのソーシャルプラットフォームを介して若者へリーチを拡大しようと躍起になっている。ABC Newsのフェイスブックページには880万人のフォロワーを抱えているので、そこに投稿するライブ動画はかなり多くの若者にリーチするはずだ。
図1 ABC Newsのライブ動画 左のライブ動画は360度動画である。
Facebook Liveのような動画メディア配信に意欲を示すパブリッシャーは、動画メディアを本業とするTV局だけではない。非TV系のパブリッシャーも、動画メディアに注力し始めている。その背景として、これからのメディア・コンテンツの主役が動画になると見込んだフェイスブックが、パブリッシャーに動画コンテンツ投稿を強力に薦めていることが大きい。そのために、フェイスブックは動画コンテンツをニュースフィードに優先して表示させるようにしている、最近になって特にライブ動画を優先しているようで、それに応じてパブリッシャーも競ってライブ動画を投稿し始めている。
Socialbakersの調査でも、パブリッシャーのフェイスブックページへの投稿で、ライブ動画コンテンツが急増していることを明らかにしている。トップ500のパブリッシャーおよびトップ500の企業(ブランド)を対象に、それぞれのフェイスブックページに投稿された月間ライブ動画数総計を測定した。その推移を、今年1月から6月までの期間に渡って示したのが図2である。パブリッシャー・ページに投稿されたライブ動画数は急増しているが、企業ページへのライブ動画の投稿はまだ少ない。ただ目立たないが、多くの企業はライブ動画によるプロモーションを試しており、今後急展開しそうである。
図2 大手パブリッシャーのフェイスブックページおよび大手企業のフェイスブックページに、それぞれ投稿されたライブ動画数の推移
トップ500のパブリッシャーの何%がライブ動画を投稿しているのか、それを示したのが図3である。今年の6月には、パブリッシャーの約半分もがライブ動画をフェイスブックに投稿するようになっている。
図3 ライブ動画を投稿しているパブリッシャーの割合
また今回のSocialbakersの調査結果で興味深かったのは、Facebook Live動画を利用しているパブリッシャーに、米国外のメディア社が目立って多いことであった。そのため、ライブ動画で使かわている言語が英語以外のパブリッシャーが全体の70%も占めていた。
Facebook Live動画を探すには、投稿者(パブリッシャー、企業、個人など)を世界地図上に表示した「Facebook Live Map」(デスクトップのみ)が便利であるが、その Live Mapも米国以外の全世界に分散してライブ動画投稿者が現れていることを明示してくれている(図4)。
図4 Facebook Live Map 当然だが、日中の時間帯の国からのライブ配信は増えるが、深夜の時間帯になると激減する。
Live Mapであてもなくライブ配信中の投稿者を追ってみた。8月6日から8日にかけて観て回ったのだが、オリンピックが開催されたこともあって、ブラジルからのライブ動画の配信が増えていた。アジアのパブリッシャー、特にテレビ局やニュースメディア社のライブも目に付いた。アジアのベトナム、タイ、台湾、フィリピンでは個人の投稿者も多かった。ところが、日本には地図を拡大してもあまりライブ投稿者が現れなかった。パブリッシャーだけではなくて個人の投稿者も少ない。たまたま見つけた個人の投稿者のライブ動画を観ると、発信者は東南アジアの人だったりした。日本でFacebook Liveの投稿者が少ないのは、ツイキャスやLINE LIVEが浸透しているためかもしれない。
Live Mapを適当に観て回る中で、目に留まったライブ動画を、以下の図5〜図10に掲げておく。
図5 ベトナムのメディア・パブリッシャーYAN Newsのライブ動画。6日にリオ五輪の開催式を、Facebook Liveで同時中継していた。フェイスブック・ページのフォロワー数は1160万人。音声はベトナム語なので、海外にいるベトナム人でも、母国語でオリンピックのライブ中継をスマホで楽しめる。
図6 バングラディシュのラジオ局ABC Radio FM 89.2のライブ動画。ディスクジョッキーの番組をライブ動画で配信していた。DJと視聴者がリアルタイムでやり取りしながら進行している。同局のフェイスブック・ページのフォロワー数は394万人。
図7 Al Jazeera Channelのライブ動画。1653万人のフォロワーを誇るAl Jazeera Channelは、動画ニュースを大量に配信しているが、新たにFacebook Liveを活用してライブも増やしてきている
図8 英国の女性サッカーチームManchester City Womenのライブ動画。8月7日に行われたMan City Women v Doncaster Bellesの試合をライブ中継していた。リーグ戦の試合はFacebook Liveでいつも実況中継しているようだ。同チームのフェイスブック・ページのフォロワー数は454万人。
図9 エミレーツ航空(Emirates)のライブ動画。エアバス社から80機目のA380を受領したイベント時の生中継である。エミレーツ航空のフェイスブック・ページのフォロワー数は621万人で、このライブ動画の再生回数は73万回(ライブ配信後に保存された動画コンテンツの再生回数も含む)。
図10 女優・歌手のイディナ・メンゼル(Idina Menzel)のライブ動画。彼女は新アルバム制作のために少女たちと一緒にキャンプしており、その練習の現場からライブ中継を実施した。8月7日にライブ配信し、30万人が視聴していた。
以上の事例からも分かるように、グローバル(フェイスブックが普及していない中国とロシアは除いて)でほぼ同時にFacebook Liveによるライブ動画が盛り上がってきているようだ。
ただ、ライブ動画は想定外のハプニングが起こりやすいので、企業(ブランド)は慎重になるのではと思った。だが図9のエミレーツ航空のように、先進的なネットマーケッティングに取り組んでいる企業は、ライブ動画も先んじて活用しようとしている。そのような先進企業を以下に紹介する。それぞれの企業のリンク先に、最近配信したライブ動画が観れるようにしたので、どのような取り組みをしているかが少しは理解できるであろう。
・Benefit Cosmetics
・McDonald's
・Dunkin' Donuts
・Popeyes
・Airbnb
ソーシャルプラットフォームでのライブ動画市場でも主導権を握ろうとするフェイスブックは、Twitter(Periscope)やGoogle(YouTube)と対抗していくためにも、有力パブリッシャーの囲い込みに必死になっている。そこで同社は、有力なパブリッシャーやセレブとライブ動画制作で契約した。契約者にライブ動画を配信してもらうために、総額5000万ドルを支払ったとWSJは報じている。
契約件数は約140件。その中には、BuzzFeed(受領額310万ドル)、NYタイムズ(300万ドル)、CNN(250万ドル)、Huffington Post(160万ドル)など、有力パブリッシャーが名を連なっている。非TV系メディアのNYタイムズなどが、ライブ動画にどう取り組むかは興味深い。幸い、NewsWhipが6月の30日間、NYタイムズが配信したライブ動画を測定してたので、その結果を追ってみる。
その30日間で、高いエンゲージメントを得たトップ5のライブ動画記事は次のとおりである。いずれも比較的長尺な動画であり、再生回数(ビデオビュー数)からもある程度注目された記事と言えそう。ソーシャルメディアに投稿される動画コンテンツは短尺なものが増えてきているが、時間的制約が緩いライブ動画では比較的長尺なものも受け入れられるようだ。
1. Interview with Orlando shooting survivor: 31分19秒、再生回数157万
2. A Times editor explains what happened in the shooting: 11分2秒、再生回数43万
3. Drone footage of Chinese national park: 17分21秒、再生回数22万
4. A Times journalist reports on flooding in Paris: 18分14秒、再生回数29万
5. A Times journalist reports from New York’s Pride Parade: 12分、再生回数27万
この中で気に入ったのは3番目のライブ動画(図11)。中国の桂林の上空から、ドローンを使った撮影のライブ中継である。今まで不可能であった視点からの絶景を楽しめる。
図11 NYタイムズのライブ動画。Above China's Li Riverとのタイトルが付いた記事で、桂林上空からドローンで撮影。他にも、ゴビ砂漠からドローン撮影のライブ中継も配信していた
4番目は豪雨でパリ・セーヌ川が氾濫した時、5番目はNY市で催されたゲイのパレード時に、それぞれのニュース現場から記者がレポートしたライブ中継である。必ずしもNYタイムズならではのライブ動画ではないかもしれないが、一般のニュース記事のページビュー数よりも多いビデオビュー数を稼げるのであろう。
そのほかに、試みとして面白かったのは‘smarter than a New York Times journalist‘ とのタイトルが付いたライブ動画である。現役の記者二人が登場したクイズ番組で、視聴者にも参加させて、どちらが賢いかを競わせるゲームである。クイズ好きの米国人向けには、ライブ動画版がいろいろ考えられそう。ともかくこれからの新聞記者は、動画メディア、それもライブにも駆り出されかねないということか。
このように、多くのパブリッシャーがライブ動画に取り組み始めている。当面の課題は、マネタイジングの見通しである。フェイスブックがライブ動画事業に異常なまでに注力するのは、巨大なテレビ広告の受け皿になることを狙っているからだ。そのための準備を進めている。最近、同社は、配信中のライブ動画ストリームの途中にミッドロール動画広告を組み込むテストを始めることを明らかにした。ライブ開始の5分以降に15秒以内の動画広告を組み入れるようにする。先に紹介した、契約した有力パブリッシャーやセレブのライブ動画で試していきたいという。
◇参考
・Facebook Live Videos Take Off In 2016(Socialbakers)
・また警官が黒人を射殺。恋人が一部始終をFacebookライブで撮影 米セントポール(Huffington Post)
・ABC News Serves Up 28 Million Facebook Live Video Streams During Political Conventions (EXCLUSIVE)(Variety)
・What We Learned From Analysing 30 Days of Facebook Live Videos
(NewsWhip)
・Facebook Signs Deals With Media Companies, Celebrities for Facebook Live(WSJ)
・Facebook Is Testing Mid-Roll Video Ads in Facebook Live(AdAge)