NYTのデジタル版ニュースの購読者数総計が、2011年の有料化開始以降どのように推移してきたかを図1に示す。これまで購読者が四半期毎にほぼ5万人前後増え続けていた。ところが昨年末の四半期には、通常の5倍近くも購読者数が急増したのである。これは、トランプ効果以外の何ものでもない。
図1 NYTの有料デジタルニュース購読者数の推移。2016年12月末に160万8000人に達したが、クロスワードの有料購読者も付け足すと計185万3000人となる。
トランプ氏は、米大統領選挙中から自分への批判を繰り返す主要マスメディアと真っ向から衝突し、就任後も対決姿勢を一段と強めている。特に、リベラル派メディアの代表格であるNYTに対しては、「廃刊すべきだ」と大統領自身がツイッターでののしるまでに、関係が険悪化している。でも、大統領が激しく攻撃すればするほど、NYTの購読申込数が増えていった。これは、逆にマスメディアがトランプ氏を厳しく批判すればするほど、同氏の支持が高まっていったのと同じ現象か。
選挙期間を含む2016年の1年間を見ても、購読者数が51万4000人も増えた。前年比で48%増という驚くべき伸び率を示した。注目すべきは、トランプ氏が勝利を収めた選挙直後からもさらに一段と、購読申し込みが殺到していることである。ともかくトランプ特需のお陰で、収益面でもNYTに追い風が吹いた。2016年の有料デジタル版の購読料売上高(図2の赤いDigital Circulation)が、前年比17%増の2億3280万ドルと膨らんだのである。
図2 NYTの販売売上(プリント購読料収入+デジタル購読料収入)の推移
プリント(新聞紙)からデジタルへのシフトを加速化させているNYTにとって、今後の展開に希望を抱かせる流れである。これまでのデジタルシフトの過程おいて、デジタル事業の売上は伸びてはいたが、急落するプリント事業の売上減を補うほどの勢いが無かった。でも今回の有料読者数の急増により、図2に示すように、デジタルの売上増がプリントの売上減を上回り、全体(デジタル+プリント)の販売売上高でも完全に上昇気流に乗ってきたといえる。
また、昨年初めて売上高でデジタル販売(2億3280万ドル)がデジタル広告(2億0880万ドル)を追い抜いた。デジタル事業の稼ぎ頭であったデジタル広告が、図3に示すように伸び悩んでいたこともあって、勢いを増すデジタル販売がデジタル事業の牽引役に取って代わった。
図3 NYTの広告売上高(プリント広告売上高+デジタル広告売上高)の推移。2016年のデジタル広告売上高は2億0880万ドルで、前年比5.45%増と伸び悩んでいる。
このように有料読者の急増でデジタル事業が軌道に乗り始めた。明るい展望が描ける段階に入ったと思えた。ところが、前途は甘くない。今回の決算発表でも、図4と図5に示すように、2016年通期および2016年第4四半期がともに減収減益に陥っている。
図4 NYTの2016年度(1月〜12月)決算
図5 NYTの2016年第4四半期(10月〜12月)決算
伝統新聞の中で最もデジタルシフトで先行し、比較的うまく進んでいると見られているNYTでも、経営的には厳しい状況が続いているのである。その背景として、売上の大半を未だに落ち目のプリント(新聞紙)に頼らざる得ない状況がある。昨年の販売売上高(8億8054万ドル)の内訳を見ると、その73.6%をプリント(6億4771万ドル)に依存している(図2参照)。広告売上高(5億8073万ドル)でも、64%をプリント(3億7193万ドル)から得ている。その絶対額の大きいプリント売上が下げ止まりそうもないので、デジタル売上を少々伸ばしたくらいでは不安定な状況から抜け出せない。
そこでNYTは、デジタル売上倍増計画を打ち上げた。デジタル売上高(デジタル販売+デジタル広告)が2014年に4億ドルであったのを、2020年までに8億ドルに倍増させる目標を掲げた。ところが現在のデジタル売上の年間成長率は12%〜13%である。このレベルのままでは目標に達せない。8億ドルに達成させるには、これから毎年16%前後で成長し続けなけれならない。
図6 NYTのデジタル事業計画。2016年のデジタル事業売上高が4億4160万ドルなので、2020年に8億ドルに達成するには、毎年16%程度の成長率を維持しなければならない
となると牽引役のデジタル販売にもっと頑張ってもらわなければならないことになる。NYTは昨年末に、到達時期をあいまいにしているが、デジタル版の有料購読者数を1000万人の大台に乗せたいと、大風呂敷を広げたのも、そのためであろう。1000万人規模を達成するくらいの勢いがなければ、有力なデジタルメディアとして生き残れないという危機感を募らせているのだ。
先日の決算説明会によると、2017年に入ってもデジタル版の有料購読申し込みは高レベルで滑り出しており、今年第1四半期には購読者数が20万人ほど純増する見込みという。でもバブル的なトランプ特需に頼っていると有料購読者数の急成長も鈍ってしまうので、新たな手を打つ必要がある。つい先ほど、世界最大級の音楽ストリーミング配信サービスSpotifyと組んで、共同サブスクリプション・サービスを発表したのもそのためだ。新たに年間の有料購読サービスを申し込めば、年間120ドルのSpotifyサービスを自由に利用できるようになる。どれくらい多くの若い読者を獲得できるかが興味深い。
重荷になってきた新聞“紙”を止めて、デジタルオンリーになれないのか
このように現状では、NYTをはじめとする伝統的な新聞メディアのほとんどが、売上高をあまり伸ばせずに四苦八苦しているのである。一方でBuzzFeedやVox Mediaのようなデジタルオンリーの新興メディアは勢いを増し、売上高を急激に伸ばしている。 それなら一層のことNYTも、輪転機を止めてお荷物のプリント事業に終止符を打ち、デジタルオンリー・メディアに衣替えできないのだろうか。
そこで、プリントとデジタルの2本足メディアのNYTと、デジタルだけの1本足メディアのBuzzFeedの総売上高を比較してみた。2015年の総売上高は、NYTが15億8000万ドルに対して、BuzzFeedが1億7000万ドルとなっている。2016年は、NYTが図4で示したように15億5500万ドルに対して、BuzzFeedが2億5000万ドル〜3億ドルあたりと推定される。
図7 NYTとBuzzFeedの比較。NYTは発表データを、BuzzFeedはFinancial Timesの予測データより。
NYTが売上高で圧倒的に差をつけているのは、まだプリント事業を抱えているからだ。2016年の総売上高の約70%となる10億ドル以上を新聞紙から稼いでいる。一方デジタルオンリーのBuzzFeedは、購読が無料なので、総売上高のほとんどはデジタル広告売上高となっている。
そのデジタル広告売上を比べると、2015年までNYTがリードしていたようだが、昨年からBuzzFeedが上回るようになったはず。BuzzFeedは今後も、巨大なオンライントラフィック(ビュー数)をバックに広告売上高(総売上高)を増やし続けそうである。トラフィックの面から見れば、BuzzFeedはニュースメディアというよりも、エンターテイメント・メディアである。大半のトラフィックが、例えばTastyの料理動画のような非ニュース記事へのアクセスである。ニュースも、トラフィックを稼ぎやすいバイラル性の高いテーマを重点的に選ぶ。つまり収益性を重視する。
片やNYTは、総合ニュースメディアである。多くの分野をカバーする網羅性が要求される。さらに質の高いジャーナリズムを看板にしているので、収益性の悪いテーマでも取り上げなければならないことが多い。そのため編集経費がやたら嵩む。総売上の7割を占めるプリント売上(Print Ad + Print Circulation)無しでは、とてもやっていけない。2020年に目標のデジタル売上8億ドルを達成しても、現在の15億ドル程度の総売上高を維持するだけでも、2020年に8億ドルくらいのプリント売上が必要となる。
NYTが本格的なデジタルシフトに乗り出したのは、リーマンショック前の2007年あたりであった。その年のダボス会議で、NYTのArthur Sulzberger会長が「NYT紙が5年後には存在しているかどうかわからない」と言い放ったのを思い出す。既にその当時から、プリントが消えることを覚悟して,デジタルシフトを加速化させようとしていたのである。でも10年後の今になっても、輪転機を止めるどころか、これからもしばらく落ち目のプリント事業に頼っていかなけれなならない。前途多難である。
◇参考
・Journalism That Stands Apart/THE REPORT OF THE 2020 GROUP(NYT)
・The New York Times Company Reports 2016 Fourth-Quarter and Full-Year Results
(NYT)
・Newsonomics: The New York Times is setting its sights on 10 million digital subscribers(NiemanLab)
・New York Times Offers Free Spotify Service to Boost Subscribers(Bloomberg)