衝撃的な過去記事の無料化
TimesSelectの有料コンテンツとしては,過去記事を除けば,売り物にOp-Edなどのコラム記事くらいしかなかった。最新のニュースコンテンツは以前から無料で開放していた。だから,TimesSelectが終了してコラム記事が無料になったからと言って,一般のニュースユーザーにすれば,とりたてて大騒ぎするようなことではない。
だがサプライズもあった。TimesSelectの終了に合わせて,新聞紙を含めたNYTの過去記事の多くを無料閲覧できるようになったからだ。正確には,1987年以降の過去20年間の記事全てが無料となった。さらに,それ以前の昔の記事もかなりがタダで読めるのである。事例は,あとで紹介する。
新聞社サイトでは断トツの存在
NYTimes.comの新しいニュースコンテンツは,先に述べたように,もともと無料で閲覧が可能であった。世界に通用する良質のニュースコンテンツを提供しているのだから,NYTimes.comの人気は高い。単独の新聞紙サイトながら,Yahoo News,CNN,MSNBC,AOL Newsのポータル系に次いで,Nielsen/Netratingsによると米ニュースサイトの5位に付けている。新聞社系サイトではトップである。
*米ニュースサイトの2007年7月のランキング
(ソース:Nielsen/Netratings)
ここで注目したいのは,NYTimes.comが昨年から本格的なSEO対策に着手していることである。過去に遡って各記事にパーマリンク(永遠に変わらないURL)を付与したり,また検索エンジン向けに配慮した記事の書き方(見出しの付け方)を進めていた。すでにNYTimes.comは,ブロガーに最も記事を引用されているニュースサイトとなっていた。Technoratiの調査でも,Yahoo News,CNN,MSNBCの3サイトよりも,ブログからのインバウンドリンク数が多い。
*ブログからのインバウンドリンク数ランキング(対象サイトはメインストリームメディアとブログ):2006年第4四半期データ
NYTimesが高い集客力を獲得できているのは,世界に通用する良質のニュースコンテンツを発信していることに加えて,ブログなどのソーシャルメディアからのトラフィックや検索エンジンからのトラフィックが多いからである。
さらに検索エンジンからのトラフィック増を目指す
もっとSEOを徹底させてNYTimesのトラフィックを増やしていくために,今回のTimesSelectの終了,つまり「課金の壁」の撤去に至ったと見て良さそうだ。また,NYTが本格的なSEO対策を実施できたのは,買収したAbout.comのノウハウを取り込めたからのようだ。About.comサイトのトラフィックの8割は検索エンジンから導かれているという。
これまでのSEO対策の延長上で,今回次のことを実現している(一部推定)。
・1987年以降の全コンテンツを無料化
・1981年以降の全コンテンツをテキスト化
・1851年に遡って1980年までの全コンテンツをデジタル化(PDF化)
・全記事のパーマリンク化と検索インデックス化
「課金の壁」が存在するときは,一般のユーザーが各ニュースに接触できる期間は限られていた。ところが,今回のように「課金の壁」が取り払われると,検索エンジン経由で誰もが全てのニュースと永遠に接することができるわけだ。明らかに,検索エンジン経由のトラフィックが増えるに違いない。ブロガーにとっても,リンク切れが起こらないため,安心してNYTの記事にリンクを貼ることができる。
タイタニック号沈没の記事も無料で閲覧
ここで,過去記事の検索を試してみよう。1912年のタイタニック号遭難の記事を探してみた。タイタニック号は1912年4月10日に出航して,同月14日に氷山に衝突して沈没している。豪華客船として話題になっていたようで,1911年だけでもタイタニック号関連の記事は58本検索された。さらに1912年には1388本もの記事が検索された。遭難当時の記事に当たるために,1912年4月15日から17日の期間指定で,“titanic”で検索をかけてみた。その検索結果の一部を以下に示す。驚いたことに,タイタニック関連の記事は無料で閲覧できる。
*NYTimes.comサイトで,期間指定で“titanic”を検索
その中から,沈没の様子を伝える4月15日付ニュース記事を閲覧してみた。その記事の一部を以下に。この記事にはタイタニック号の写真も掲載されていた。
*タイタニック号沈没を伝えるニュース(1912年4月15日付記事の一部:NYTimes.comのサイトでは全文が無料で閲覧可能)
水泳古橋選手の記事は有料
伝説の水泳古橋選手の記事も探してみた。1947年から1960年までの間で,古橋関連のNYT記事が67本検索された。いずれの記事も有料であった。
*期間指定(1948年1月〜1960年12月)で,“furuhashi”を検索
1948年当時,古橋と橋爪は泳ぐたびに世界新記録を更新,また敗戦国日本が参加できなかったロンドンオリンピック(1948年)と同時に開催された全日本水上選手権大会でも,金メダリストの記録を上回る世界記録をマークした。でも,世界からはあまり信用されないままに,翌年のロサンゼルスで開催された全米選手権に両選手が出場。4種目すべてで世界新記録を樹立して優勝した。その時の驚きの記事を閲覧することにした。その記事をクリックすると,以下のような案内ページが。
*検索結果の記事案内
その記事をダウンロードしてみた。PDFファイルの記事の一部を以下に示す。
*ダウンロードした有料記事の一部
2万8,000本の映画レビューも無料開放
過去記事の無料閲覧は,NYTimes.com内のMovie Reviewsにも及んでいる。1960年以降にNYTに掲載された映画レビュー2万8,000本が無料で閲覧できる。
アルファベット,年度,分野別,批評家,それに国別の各ディレクトリーからも,映画レビューを探すことができる。批評家による映画レビューに加えて,その映画についてユーザーのコメントも添えられるようになっている。
このように,事実上の記事アーカイブの無料開放で,検索エンジンやブログからのトラフィックがかなり増えそうだ。リピーター以外のユーザーからのアクセスが増え,リーチの拡大も期待できる。
NYTがアーカイブ開放に本格的に打って出たからには,他の新聞社サイトも対抗上,追従せざる得ないだろう。新聞社サイトも新たな展開を繰り広げることになりそう。
◇参考
・Times to End Charges on Web Site (NYTimes.com)
・新聞社サイトの有料サービス,最後の砦も崩れそう(メディア・パブ)
・NYTimesのサイト, ブランド依存から脱却し検索エンジン対策も(メディア・パブ)
・NYTが有料化サービスを中止,1987年以降の記事も無料に(メディア・パブ)
・The State of the Live Web, April 2007(Sifry's Alerts)
・NYTimes.com,米新聞社サイトの三冠王に(メディア・パブ)
NYTは歴史の古さと高い知名度、あとリベラルで色んなネタを扱える点が強みですね。新聞社サイトの中では上位を維持し続けるでしょう。
ただ、それがNYTが経営的にやっていけるかどうかと別問題なのが、悩ましいところですね。