「ロングテール」、「フリー」、そして今度は「ウェブの終焉」。Wired編集長のChris Anderson氏が、2週間ほど前にWired誌特集で“The Web is Dead”を打ち上げることを予告していた。そして一昨日、その「Webが死んだ」を特集にした号が発行された。ネット上でも記事が公開されている。
新聞と違って雑誌では、このようなメッセージ性のある尖ったテーマで一つの号をあたかもジャックできるから面白い。というか雑誌はこのようなお祭りを、毎号やり続けなければならないのだが・・・。で“The Web is Dead”は今に始まった話ではないが、Chris Anderson氏が改めて打ち上げると、議論が一段と活発になるのだろう。今号のWired特集やそれを巡っての議論は日本語でも出回っているはずだから、ここでは「ウェブの終焉」に乗じて復活を賭けるメディア産業の動きを追ってみる。
インタネットメディア接触の主要デバイスがPCからモバイル端末へ。この流れは加速している。それに合せてアプリケーションも、ブラウザーを介したWebアプリケーションだけではなくて、ウィジェット(ガジェット)が浮上してきた。つまり、モバイルアプリの出現である。この流れを強く印象付けたのがiPhoneのようなスマートフォンやiPadのようなタブレットの台頭である。そこで生まれてくるiPhoneアプリやiPadアプリのようなモバイルアプリに、アプリ開発者やユーザーが飛びつき始めた。
特にiPadの登場は、米国の有力な新聞社や雑誌社を奮い立たせた。WSJ紙やLondon Times紙などの新聞を所有するNews Corpとか、Vanity Fair誌やThe New Yorker誌など有力雑誌を多く発行するConde Nastが、特に際立った動きに出ている。iPadアプリが伝統メディアを復活させる救世主になるとばかりに、iPadの出現を熱烈歓迎しているのだ。
その裏にはどうも、Webアプリケーションのビジネスで散々な目に会ってきたという、伝統的なメディア企業の被害者意識も見え隠れする。紙の時代から新聞や雑誌はもともと、複数の記事をまとめてパーケージの形でコンテンツを定期的に読者に提供していた。インターネット時代が到来しても新聞サイトや雑誌サイトも当初は、ユーザーにはトップページに来てもらい、パーケージ中から所望の記事を選んで読んでもらっていた。そのころはまだ、メディア企業がコンテンツの提供で主導権を握っていた時代であった。
ところが数年前から、Web2.0に代表されるWebアプリケーション時代に入ると、新聞サイトや雑誌サイトが提供するコンテンツが記事単位で流通するようになった。事実上のパッケージコンテンツの解体である。各記事は独自のURL(パーマリンク)を与えられ、記事単位で検索の対象になったり、リンクが張られたり、もちろんリミックスされて新しいコンテンツが作られたりしてきた。こうなってくると、コンテンツは無料で開放されているのが前提となり、課金の壁(pay wall)を設けるなんてもってのほかとなってくる。
そして、各記事は検索エンジン、ニュースアグリゲーター、ブログ、ツイッターなどを介してソーシャルフィルタリング(ソーシャルエディティング)されて、ユーザーに届くようになってきた。読者参加型の消費者主導に変わってしまったのだ。これまで主役であった新聞社や雑誌社のようなコンテンツ提供者は脇役に追いやられてしまった。彼らのコンテンツをタダで拝借している検索エンジンやニュースアグリゲーターが潤い、またブログやツイッターのようなソーシャルメディアが活況を呈することになる。伝統的なマディア企業が不満を募らせるのももっともである。
で反撃の狼煙を上げたのがNews Corp.会長のマードック氏である。1年半ほど前に、オンライン上の新聞コンテンツを有料化していくと宣言した。さらに、同社の新聞コンテンツをグーグルの検索エンジンで検索させないとも言い放った。だがWebの世界では、News Corp.が進める有料化も検索拒否も大きな流れを作り出せないでいる。
そこでいいタイミングで現れたのが、アップルのiPadである。伝統的なメディア企業が特に注目したのはiPadアプリである。パッケージ化したコンテンツを有料で提供するのにぴったしであったからだ。つまり、昔のビジネスモデルが復活できるかもとしれないのである。マードック氏はiPadを「完璧な端末」と持ち上げる。News Corp.はiPadやiPhoneなどの有料モバイルアプリ向けに限定したニュース出版社を設立し、年内にもサービスを開始する予定である。雑誌社のConde NastもiPadアプリで活路を見出そうとしている。早々とiPadアプリで人気雑誌を電子化して有料販売を始めた。「GQ」、「Wired」、「Vanity Fair」、「Glamour」の電子版を毎号、iPadアプリとして号単位で売り出している。電子雑誌の価格は、ニューススタンドで一部売りする雑誌価格と同じである。
News Corp.もConde Nastも、Webからモバイルアプリへの流れを大きくしていきたい。そしてパーケージした形でコンテンツを流通させ、主導権も取り戻したいのであろう。昔の佳き時代の復活を夢見ているのかもしれない。それに読者の中には、ソーシャルフィルタリングに疲れ、プロの編集者に魅力あるコンテンツをパッケージされた形で提供してほしいというニーズもあるはずだと。メディアの編集者としては、メッセージ性のある“これぞ”というコンテンツで読者を魅了させたいものだが、それにはパッケージ化された形で提供していきたい。そのための絶好の新しいチャンネルとして、iPadアプリに惚れ込んでいるのだ。
ただ、モバイルアプリで新聞や雑誌コンテンツを配信しても、成功するとは限らない。すでに米国ではiPadアプリの電子新聞や電子雑誌が数多く発行されている。物珍しさで順調に売れているアプリもあるが、多くは読者から厳しい評価を受けているのが現状である。特に、紙の新聞や雑誌のコンテンツを単にパッケージした形でアプリを提供しても、読者の受けは芳しくない。同じようなコンテンツがWebから無料で得られるのに、なぜ有料のiPadアプリを購入しなければならないのかという意見が多い。読者が金を払ってでもぜひダウンロードしたいというiPadアプリの開発は、これからが本番といったところか。
ともかく、本格的なモバイル時代を迎えて、モバイルアプリの市場が拡大していくのは間違いない。Wiredの特集の中でも、次のようなトレンドの流れを示している。
メディア接触の中心がPCからモバイル端末(タブレットも含む)に移る中で、相対的にブラウザー(Webサービス)の利用が減り、モバイルアプリを享受する機会が増えていくのだろう。かといって、Webが死んでしまうのではなくて、トレンドを強調し議論を吹っ掛けるために、あえて“The Web is Dead”と叫んだにすぎないに違いない。
実はこの議論は、iPadの出荷が始まった4月にも盛り上がっていた。まず著名なメディア評論家のJeff Jarvis氏が、iPadを危険な端末と警鐘を鳴らした。先に述べたように、Webの世界は消費者が主役の自由な空間を作り上げていた。消費者は単に情報を消費するだけではなくて、クリエーターとして参加している。ところがiPadアプリは、パッケージ化されたコンテンツを消費者に提供する。消費者は“audience(オーディエンス)”として与えられたコンテンツを消費するだけの存在になりかねない。
つまりWebの世界では消費者主導でクリエーターとして参加できたのに、モバイルアプリの世界では供給者主導で消費者はオーディエンスとして参加するだけになる。iPadは時代を逆行させるとJarvis氏が主張する。確かに、初期のiPadアプリ版電子雑誌の多くは、Web空間から遮断され、外部の検索エンジンの対象からも外れ、外部リンクも張られていなかった。一度自由なWebの世界の果実を味わった人たちが、iPadアプリに満足できるかどうか。もちろん、自由な空気を吹き込みクリエーターとして参加できるようなモバイルアプリも生まれてくるだろう。
◇参考
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The Web Is Dead. Long Live the Internet(WIRED)
・
The Web Is Dead? A Debate(WIRED)
・
It's the End of the Web as We Know It(The Steve Rubel Stream)
・
Will Wired Proclaim 'The Web is Dead?'(VALLEYWAG)
・
Closing the Digital Frontier(Atlantic)
・
Murdoch: Tablets are the future for News Corp(Guardian)
・
iPad danger: app v. web, consumer v. creator(BuzzMachine)
posted by 田中善一郎 at 16:38
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