米アップルが一昨日に発表したApp Storeにおける定期購読(サブスクリプション)サービスに対して、新聞社や雑誌社のパブリッシャー側は不気味なほど沈黙を押し通している。
待望の定期購読サービスが開始されたのに採用を明らかにした雑誌/新聞はPopular Science、Elle、Nylonくらい。一足先にNews CorpのiPad専用新聞「The Daily」が同サービスをAppleの強力なサポートの下で適用したが、その後を他パブリッシャーが雪崩を打って追従してくれるとのAppleの期待は空振りしたのかもしれない。まぁ、今のところ様子見の段階か。
もともとパブリッシャー側のAppleに対する警戒心は大きい。Appleが音楽産業の流通プラットフォームを事実上支配してきたように、次は新聞、雑誌、そしてビデオ(映像)産業の流通も支配していこうとしているからだ。今回の定期購読サービスで本格的に動き出したとも言える。この定期購読サービスについて、Appleは大手パブリッシャーに前もって説明し、採用を促していた。ところが逆にAppleへの警戒心をさらに膨らませたパブリッシャーが少なくなかったようだ。
例えば欧州の新聞社協会(ENPA: the European Newspaper Publishers' Association)は、Appleの発表に先立って反旗を翻した。iPad向け電子新聞の定期購読プランが、Appleのコントロール下で行われようとしていることに反発したのだが、一番問題にしたのは新聞(社)と読者との間の直接の関係が断たれることを警戒したのだ。ENPAにはEU23ヵ国の5200タイトルの新聞が加入している。
米国の有力な雑誌社も、既にiPadアプリの電子雑誌を一部売りしていても、今のところ定期購読サービスを加えようとしていない。それどころか、Appleの定期購読サービスが発表される直前にわざわざ、Time社やConde Nast社などの大手出版社は Androidタブレット向けの電子雑誌に力を入れていくとアピールした。またこうした流れを後押しするかのように昨日は、Googleがコンテンツ流通サービス「One Pass」を発表。定期購読サービスも提供していく予定で、Appleに比べかなり優位な条件をパブリッシャーに提供していくという。
このようにApple独走に待ったをかける動きが活発になっている。そのなかで注目したいのが、米最大の出版社であるTime社の動きだ。Appleを無視するかのように先週末、独自の定期購読サービスを始めたので、それを追ってみよう。まず同社は、人気スポーツ誌「Sports Illustrated」を手始めに、電子雑誌を含めた定期購読プランを明らかにした。このプランでは、紙の雑誌やWebサイト、それにスマートフォンやタブレット対応の電子雑誌をセットにし、その年間購読料を設定した。

今回の発表で驚かされたのは、対応するスマートフォンやタブレット端末として、iPhoneとiPadを外したことだ。現時点で電子雑誌の対象となるのはAndroid製品が中心となる。またいずれ、紙の雑誌だけの定期購読を無くしたいようである。これから読者に定期購読してもらうコンテンツは、PCやモバイル端末それに紙(プリント)のどのメディアからも閲読できるようにする。つまり定期購読してもらうのは紙の雑誌ではなくて、Sports Illustrated(SI)のブランドということである。紙の雑誌は閲読チャンネルの一つ(one of them)に過ぎない。
今回の定期購読プランでは次の二つを用意した。
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Print/Digital Bundle:下の写真で示したように、Print(紙の雑誌)に加えてWebコンテンツ、そしてAndroid対応のタブレット( 現在はサムソンのGalaxy Tabだけ)やスマートフォン向けの電子雑誌アプリのどれからも閲覧できる。対応タブレットとしては、今夏発売のHPのTouchPad(webOS搭載)も加わる予定。購読料は年間48ドル、月間4.99ドルである。
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Digital Only:Webコンテンツと電子雑誌アプリ。購読料は月間3.99ドル。
Print Onlyが存在しないことに注目したい。
ここで気になるのが、今回の定期購読プランでなぜApple(iPhoneやiPad)を外したかである。結論から言えば、Appleの定期購読ルールではパブリッシャーにとって制約が多すぎて、Timeが望む定期購読サービスがなかなか実現しそうもないからだ。
ここで、米国のパブリッシャーがどうして定期購読に固執するのかを、「Sports Illustrated(SI)」の例で見ておこう。2010年上期のデータであるが、SIの有料購読部数は321万部であるが、そののほとんどが定期購読である。ニューススタンドなどで販売する一部売り(Single Copy Sales)部数は全体の2.5%に過ぎない。
*2010年上期の有料購読数

ソース:MPA(The Association of Magazine Media)
定期購読者が多い理由は明白である。ともかく安いからだ。ニュースタンドの一部売りの単価が4.99ドルである。ところが年間購読すると、年間約39ドルで済む。週刊誌なので年間56部の価格となり、一部当たり0.7ドルである。なんと7分の1の価格である。自宅までの配送料も含めてだ。

多くの安定した購読者を抱えることによって高い広告料を設定でき、以下のように年間5.7億ドルを超える膨大な広告売上を稼いでいたのだ。それを支えていたのが定期購読者データベースで、広告営業の強力な資産になっているである。
*2010年/2009年の広告売上

ソース:MPA(The Association of Magazine Media)
でも、この紙の雑誌の定期購読モデルも曲がり角に差し掛かってきた。プリントからデジタルへの流れが加速化していることに加え、配送料が値上げしているのも痛い。紙の雑誌の広告売上も、2010年はリバウンドしたものの、長期的には下降線を辿っていくだろう。
そして昨年4月にiPadが現れた。ビジネスモデルの見直しを迫られている米国の雑誌社や新聞社にとって、AppleのiPadは救いの神に映ったようだ。昨年4月に登場したiPadを熱烈歓迎し、米国の大手雑誌社や新聞社が相次いでiPadアプリの形で電子雑誌や電子新聞を送りだした。でも、肝心の定期購読がApp Storeでは実現できない。SIはとりあえず電子雑誌の一部売りを始めるほかなかった。以下のように、一部売り価格は4.99ドルとした。ニュースタンドで売る紙の雑誌と同じ価格である。これでは、定期購読の安さに慣れている米国の読者から、高すぎるとの苦情が多く出るのは当然で、電子雑誌を購入するユーザーは増えそうもなかった。

そこで、SIもiPad版電子雑誌の定期購読サービスを待ち焦がれていたのだ。そしてAppleが示したのが、ひとつ前の記事で紹介したApp Storeにおける定期購読(サブスクリプション)ルールであった。とてもじゃないが、無条件に採用できるものではなかった。SI誌の約300万人の定期購読者がいずれ電子雑誌の定期購読者に移っていくのであろうが、販売売上の30%がAppleによって徴収されいくことになり、さらにSIの貴重な資産である購読者データがAppleの手に渡っていく可能性が高い。定期購読者が、Time社の顧客ではなくて、Apple社の顧客になってしまうかもしれない。
一方Androidタブレット(Google Android Market)向けの定期購読では、パブリッシャーの自由度が高く、また今のところ販売売上のほとんどがパブリッシャーの収入となる。Appleからもっと譲歩を引き出すためにも当分は、iPadを外して、AndroidタブレットやwebOSタブレット向けの電子雑誌(アプリ)を対象に、独自の定期購読サービスを実施することになる。
◇参考
・
Why Publishers Don’t Like Apple’s New Subscription Plan(Forbes)
・
Publishers greet Apple's iPad plan with icy silence(CNNMoney.com)
・
Sports Illustrated to Stop Selling Print-Only Subscriptions(AdAge)
・
Will Sports Illustrated’s Subscription Plan Rescue Digital Magazine Sales?(Mashable)
・
Newspaper publishers warn Apple over iTunes sales(BBC)
・
European publishers upset over Apple's iTunes subscription fees, restrictions(Apple Insider)
・
Apple Launches Subscriptions on the App Store(プレスリリース)
・
News Corp's 'The Daily' launches on iPad with Apple's in-app subscriptions(Apple Insider)
・
Condé Nast to Launch Magazine Editions for Google’s Android(The Wrap)
・
iNewsstand, iAd and What Steve Wants(Digital Magazine Publishing)
・
A simple way for publishers to manage access to digital content ( The Official Google Blog)
・
Why Elle, Nylon and Pop Sci Said Yes to Apple's iPad Subscription Terms(AdAge)