電子書籍も電子雑誌も、米国では勢いよく成長している。年末のホリデーシーズンにタブレットやeリーダーが売れに売れたこともあって、電子書籍や電子雑誌の市場が活性づいた。
特に電子書籍は開花宣言が出たと言ってよさそう。AAP(the Association of American Publishers)によると2012年1月には、電子書籍売上が全書籍売上の31.1%を占めると言う。1年前の24.8%から電子書籍のシェアを大きく拡大させている。(これは報告のあった出版社のデータ(卸売価格)を集計した結果なので、実際には電子書籍のシェアはもっと低いかもしれない)
パッとしなかった電子雑誌もようやく活気が出てきた。ABC(the Audit Bureau of Circulations)によると、昨年下期には前年に比べ販売部数が倍以上も増えたという。だが立ち上がりが遅れたこともあって、電子雑誌の売上は全雑誌売上の1%程度と微々たるもので、開花には程遠くまだ萌芽期の段階かもしれない。
電子書籍市場が本格的に動き始めたのは、専用のeリーダーであるアマゾン・キンドル(kindle)が登場した2007年11月からである。アマゾンが強引に電子書籍の価格を紙の書籍よりもかなり安く設定したり、人気の新刊書の電子書籍化を促したこともあって、一昨年前に早くもアマゾンのオンライン書店では、ベストセラー(トップ10)の書籍の売上数で、電子書籍版が紙の書籍の倍以上となっていた。
AAPは昨年から、子供/若者向け電子書籍も急発進したと自慢する。子供/若者向け電子書籍の売上が2011年1月に390万ドルしかなかったのが、2012年1月には2260万ドルに急増したのだ。これまで電子書籍は中年の大人向けが中心であったのが、子供/若者向けにも飛び火してきた。いよいよ若い読者が電子書籍市場を牽引してくれのではとの期待が膨らむ。
●子供/若者向け電子書籍と大人(成人)向け電子書籍の月間売上高。単位:100万ドル
ここで注目すべきは、この1年間の書籍売上高がほぼフラットであったのに利益を増やせたのは、電子書籍の売り上げを大きく伸ばしたお陰だと、一部の大手出版社が主張し始めていることだ。紙の書籍に比べ電子書籍が経費節減に効果的だということである。例えばBertelsmannの2011年の年次レポートによると、Random Houseは世界で約4万タイトルの電子書籍を販売しており、書籍全体の売上が減ったにもかかわらずoperating EBIT(earnings before interest and taxes)を増やしてきているという。またPearsonの年次レポートでも、Penguinの2011年の書籍売上はフラットであったが、営業利益を5%アップさせた。それは昨年の電子書籍の売上高を倍増させたお陰と見ている。
paidContentが、主要出版社の電子書籍売上比率などを一覧表でまとめていたので、その一部を以下に掲げておく(ソースの一覧表は
こちらで)。
一方の電子雑誌が遅れたのは、まず雑誌コンテンツ向けの閲覧デバイスが出遅れたことがある。初期のキンドルでは役不足であった。画面がモノクロでサイズも小さいからである。電子雑誌の活躍の場が生まれたのは、アップルのiPadが登場した2010年4月以降である。多くの出版社(雑誌社)は電子雑誌の発行に乗り気であったが、でもすぐに出版社は本気にアクセルを踏み込めなかった。アップルがiPad向け電子雑誌の売り場(AppStore)を事実上独占し、電子雑誌の流通をコントロールしようとしたためである。
iPadの登場後も電子雑誌の流通主導権を巡って、Appleと大手出版社との間で1年以上も激しい綱引きが続いた。アップルが電子雑誌の販売売上の30%を手数料として徴収することになった。出版社が猛反発したのは、定期購読料もアップルの取り分は同じく30%とし、しかも定期購読を含めた購読者の個人情報をアップルが管理することになっていたからだ。米国における紙の雑誌事業の特徴は、非常に安い定期購読料で多くの購読者を獲得し、大きな広告売上高を稼ぐことである。
例えば、
・Sports Illustrated
年間購読料:39ドル(0.7ドル/1部)、発行部数:318万部、広告売上高:5億7645万ドル
・Cosmopolitan
年間購読料:15ドル(1.25ドル/1部)、発行部数:304万部、広告売上高:3億9921万ドル
・Bloomberg Businessweek
年間購読料:40ドル(0.8ドル/1部)、発行部数:93万部、広告売上高:2億2335万ドル
となっている。
米国の有力雑誌は定期購読が中心で、日本の有力雑誌と大ざっぱに比較すると、雑誌1部の価格が1/5以下で、有力タイトルの発行部数が5倍から10倍で、広告売上高も約5倍から10倍程度となっている。巨大な広告売上げを達成するために、日本では信じられないほど年間購読料を安価に設定しているのである。それに対し、アップルが定期購読料の30%を徴収するだけでなくて、雑誌社にとって武器であった定期購読者リストや購読者の個人情報を管理しようとしているのである。雑誌社にとって命綱の広告事業が大きな影響を受けるかもしれない。
そして昨年10月にアップルは、同社が定めた電子雑誌販売ルールをベースにしたニューススタンド(Newsstand)を正式に開設した。アップルのペースで、ともかくiPad向け電子雑誌販売の環境が整ってきたのだ。ニューススタンドで雑誌アプリを定期購読した場合、新号が出るたびにバックグラウンドでダウンロードできるようになる(電子雑誌の場合、ダウンロード時間が長くなりがちなので、この機能は欠かせない)。アップルのニューススタンドではiPad/iPhone向けの雑誌アプリの他に新聞アプリも扱っているが、Distimoの調査によるとニューススタンドは毎日7万ドルの売上を挙げているという(月間で200万ドル以上)。iPad向け電子雑誌が本格的に動き始めているようだ。
また米ABC(The Audit Board of Circulations)でも、コンシューマー向け電子雑誌の販売点数が2010年下期の146万部から2011年下期には329万部に増えたという。125%アップである。iPad以外にアマゾンのキンドルファイアのようなタブレットの登場も追い風になっている。
そして3月にHearst社は、Cosmopolitan誌の有料電子購読者(digital subscribers)が10万人を突破したと発表した。これはすごい。さらに同社は2012年内に、同社雑誌のデジタル版購読者総数を100万の大台に乗せると予告している。実現するかもしれない。ただ気になるのは、紙雑誌から電子雑誌のシフトが進むことによって、これまで雑誌社を支えてきた紙雑誌の巨大な広告売上がどう変わるかである。雑誌社が電子シフトに前向きになってきたのは、紙雑誌の広告売上が構造的に減り始めていることがある。でもCosmopolitan誌の電子版が10万部を超えたと言っても、紙雑誌の発行部数300万部のうちの3%に過ぎない。それでも電子シフトが進むという前提で、電子雑誌も広告媒体として成長させていかなければならない。
そこで米ABCも、電子雑誌の考査を正式に始めることになった。雑誌社から電子(デジタル)版のプラットフォーム別有料購読数を収集する。雑誌社は広告主に紙版だけではなくて電子版の保証部数も告知できるようになる。でもやはり心配なのは、下降線を辿りつつある紙雑誌の広告売上が、紙から電子へのシフトに伴いさらに落下が速まるのではないかということだ。このため、iPad向け電子雑誌の一部売りを実施しても、定期購読を差し控えている雑誌社が少なくない。さらにCosmopolitanのように、紙の年間購読料が15ドルに対し、iPad版電子雑誌の年間購読料を19.99ドルと紙より高い値付けに設定したりしている。
また、電子雑誌の販売ルートを拡大させ、アップルやアマゾンを牽制したいこともあって、先週、Conde Nast, Hearst, Time Inc., Meredith 、 News Corp.の大手出版5社が手を組んで、
Next Issueと称する 電子雑誌販売サービスの開始を発表した。複数の有力雑誌を定額で読み放題のサービスである。最初のサービスでは、月間9.99ドルで以下の月間誌および隔週誌の電子版が閲読できる。さらに月間14.99ドルを払えば、Basic雑誌に加えて以下の週刊電子雑誌も閲読できる。
Basic雑誌、月間9.99ドル All You,Allure,Better Homes and Gardens,
Car and Driver,Coastal Living,Condé Nast Traveler,
Cooking Light,Elle,Esquire,Essence,
Fitness,Fortune,Glamour,Golf,Health,
InStyle,Money,Parents,People en Español,
People Style Watch,Popular Mechanics,
Real Simple,SI for Kids,Southern Living,
Sunset,This Old House,Vanity Fair,
Premium(Basicを含む)月間14.99ドル
Entertainment Weekly,People,Sports Illustrated,
The New Yorker*,Time,
サービス開始時に提供する雑誌アプリは、アンドロイド・タブレット(Honeycomb)しか対応しないが、今夏までにiPadに対応する予定である。また閲覧できる雑誌タイトルも増やしていくという。
このNext Issueは電子雑誌の販売に新風を吹き込むことになろう。ただし本命になるかといえば、疑問は残る。多くの若い雑誌読者は、雑誌ブランド(タイトル)よりも記事単位で閲覧したい雑誌記事を選ぶようになっており、それにソーシャルフィルタリング環境も欲するようになっている。旧来型の紙雑誌を単に電子化したブランド雑誌を、大手出版社が寄ってたかって提供するだけでは、若い読者が追ってきてくれるかどうか。
どちらにしろ雑誌も紙から電子(デジタル)に移行していくのは避けられない。電子雑誌の在り方を見直す動きも活発化しそうだし、紙の延長上でない新しいタイプの電子雑誌が次々と生まれてくるのを楽しみにしたい。
◇参考
・
E-books are the fastest-growing area of book sales, especially for youngsters(VentureBeat)
・
E-Book Sales For Kids And Teens Surge(paidContent.org)
・
Thanks To E-Books, Publishers Find Flat Is The New Up(paidContent.org)
・
iPad Owners Collectively Spend Over $2 Million on Newsstand Content Each Month(PadGadget)
・
The rise of e-reading(Pew Internet)
・
Magazines' Digital Circulation More Than Doubles -- But Remains Small(AdAge)
・
Mag Bag: Digital Magazine Circ Rises(MediaDailyNews)
・
Mag Bag: 'Cosmo' Boasts 100,000 Digital Subscribers(MediaDailyNews)
・
Finally, a Reason to Read Magazines on a Tablet(AllThingsD)