メッセージアプリの勢いが止まらない。FacebookやTwitterなどのソーシャルネットワークの成長が鈍り始めているだけに、この2〜3年のメッセージサービスの成長ぶりが一段と際立っている。
グローバルに展開している有力なメッセージアプリともなると、図1に示すように、月間ユーザー数が5億人から10億人に達する規模となっている。ところが、パブリッシャー(メディア)サイトはこれまで、集客のためにFacebookなどの既存ソーシャルネットワークを競って活用してきたが、メッセージサービスの利用には熱心でなかった。
(ソース:Business Insider)
図1 メッセージアプリのの月間アクティブユーザー数の推移。Viberの最新のユーザー数は誤っていると思われる。Statistaの調査によると、2016年1月現在の月間アクティブユーザー数は、WhatsAppが9億人、Facebook Messengerが8億人、QQ Mobileが8億6000万人、WeChatが6億5000万人、Viberが2億4900万人、LINEが2億1200万人、となっている。またWhatsAppは、2月に入って10億人を突破したと発表した。
ところがここにきてパブリッシャーも、ソーシャルサービスの主流になりかねない勢いで爆発的に伸び続けるメッセージサービスを無視できなくなってきた。メッセージサービス側も、巨大な集客力を背景にプラットフォーム化を進めており、写真や動画の共有とかゲームの提供に加えて、メディアコンテンツの配信に意欲を見せ始めている。すでに、「LINE NEWS」や「Snapchat Discover」のような独立したニュースサービスで大きな成果を上げてきているが、必ずしもメッセージ機能を活かしたサービスとはいえない。
そこでメッセージアプリの本流のチャット特性を活かしたメディアサービスに挑めば、新しいコンテンツ流通チャンネルが生み出せるのではと、期待が高まってきたのだ。若年層を中心にFacebookからメッセージサービスへのシフトがじわじわ進んでいる状況下において、パブリッシャーにとってリーチが難しくなってきた若年層が膨らんできている。そうした若者に振り向いてもらうためには、彼らが日常頻繁に接しているインスタントメッセージのインターフェイスを介して、ニュースを届けたりユーザーの要望を受け止めていかなければならないのかもしれない。
米Cabrini CollegeのF.Duncan准教授も、若者のニュース接触が変容していることを指摘している。教え子のデジタルメディア専攻学生が授業開始前の隙間時間においてスマホで何にアクセスしているかを調べ、その結果をQuartzの投稿記事の中で次のように報告している。「彼らはすぐにはFacebookをチェックしていない。またInstagramやPinterest、Twitterもチェックしていない。彼らはまず、Snapchat内での友人の話しや Facebook Messenger内での友人のチャットをチェックして、その日に見るニュースを選んでいる。それを終えてから、Instagramで好きなブランドの投稿やTwitterでセレブのツイートなどを楽しんでいる。若者たちのニュース接触の場となってきたメッセージアプリの活用に、パブリッシャーが着手する時期が訪れてきたようだ。
それに応えてメッセージアプリ各社も昨年あたりから、徐々にパブリッシャーに働きかけるようになってきた。その中で目立った動きを見せたのがViberとLINEであった。パブリシャーに公式アカウントを設けることができるようにし、メッセージ機能を活用したメディア活動を実施させ始めたのだ。まだ実験的な段階かもしれないが、欧米の幾つかの有力パブリッシャーが読者と対話するような形でニュース記事などを提供し始めている。そこでここでは、ViberやLINEのメッセージ機能を活用している欧米のパブリッシャーの事例を見ていこう。
Viberの事例:BBCはミャンマーやネパール向けに、現地語のチャットチャンネルを活用 Viberはイスラエル生まれで、一昨年に楽天に9億ドルで買収されたメッセージアプリである。現在、世界に約6億7000万人の登録ユーザーを抱え、月間のアクティブユーザー数は約2億5000万人とされている。同アプリのPublic Chat機能により、アカウントを設けたセレブやブランド(企業)、インフルエンサーなどとライブの対話を楽しめる。対話では、写真、音声、動画、ステッカー(絵文字、スタンプ)を使える。そのPublic Chat機能のアカウントを、欧米の名だたるパブリッシャーも取得しており、メディア活動を実験的に始めているのだ。老舗のBBCや新興のBuzzFeed、Huffington Post、Mashableが着手しており、現在の各アカウントのフォロワー数は次のようになっている。
BBC Burmese:112,680人
BBC Nepali:25,628人
BuzzFeed:131,205人
Huffington Post:17,969人
Mashable:26,674人
それぞれのパブリシャーが展開している公開トーク・ページのスナップショットを、図2、図3に掲げておく。
図2 Viberを利用したBBC Burmese(ミャンマー)とBBC Nepali(ネパール)。BBC Burmeseではビルマ文字が表示できなかった
図3 Viberのメッセージ機能で情報提供しているBuzzFeed(左)、Huffington Post(中央)、Mashable(右)
グローバルメディアの代表格ともいえるBBCは、Facebookなどのソーシャルメディアを積極的に利用しているが、メッセージアプリの活用でも先頭を走っている。さすがと思わせたのは、昨年4月末に発生したネパール大地震の時に、Viberの
Public Chatをライフラインチャンネルとして用い、公共サービス通知や緊急情報をネパール国民に素早く流したことだ。今もそのチャンネルを継続して、ネパール向けのBBCニュースを流している(図2の左)。BBCはまた昨年12月に、BBC Burmese Public Chatを立ち上げ、ミャンマー向けのニュース配信チャンネルを増強している。すでにFacebook pageに370万人のファンを抱えており、こうした複数のチャンネルを介して毎週650万人のミャンマー国民がBBCニュースと接しているという。
新興メディアも実験に取り組んでいる。Huffington PostのViber Public Chatでは、12人の記者がチャットに参加して、ニュース記事を紹介したりしている。
図4 Huffington PostのViber Public Chatでチャットに参加している記者の紹介。12人の記者がチャットに参加している
LINEの事例:WSJがアジアユーザー向けのニュースを配信。215万人のフォロワーに、これまで1330本の記事を配信
LINEもパブリッシャーにメディア公式アカウントを開設させている。これらの公式アカウントを友だちとして加えることにより、通常のトーク(チャット)インタフェースでパブリッシャーからのニュース記事と接することできるようになる。現在、日本国内向けには39のパブリッシャーが公式アカウントを設けている。これ以外に欧米の幾つかのパブリッシャーも、アジア向けに英語版ニュースを配信するために公式アカウントを取得していた。ここでは、そうした欧米のパブリッシャーの取り組みを紹介する。
実際に次の6つの欧米パブリッシャーをフォロワーしてみた。それぞれのパブリッシャー・アカウントのフォロワー数とこれまでの投稿記事(post)数は次のようになっている。
Wall Street Journal(WSJ):2,151,050人/1,330post
NBA Global:1,287,151人/689post
BBC News:1,241,565人/1,012post
BuzzFeed:316,505人/514post
Mashable:272,468人/220post
The Economist:77,028人/196post
各パブリシャーのスナップショットを、図5〜図9に掲げておく。
図5 LINEを利用したWall Street Journal(WSJ)。投稿ホーム画面(左)とトーク画面(右)
図6 LINEを利用したNBA Global。投稿ホーム画面(左)とトーク画面(右)
図7 LINEを利用したBBC。投稿ホーム画面(左)とトーク画面(右)
図8 LINEを利用したBuzzFeed。投稿ホーム画面(左)とトーク画面(右)
図9 LINEを利用したMashable(左)とEconomist(右)
このなかで目を引いたのは、やはりWSJである。WSJは、LINEの中核ユーザーである若年層にとってあまり馴染みがなさそうなパブリッシャーであるし、硬派の経済専門新聞メディアでもある。それなのに、現在215万人を超える最も多いフォロワー数を獲得している。さらに、そのフォロワーの30%前後ものユーザーが投稿記事にコメントしたりシェアしている。かなり高いエンゲージメント率を達成しており、驚いてしまう。
LINEの月間アクティブユーザー数は2億1500万人であり、その多くは日本、台湾、タイ、インドネシアなどのアジア地区のユーザーである。LINEユーザーにはWSJのような硬派の記事を好む割合が少ないかもしれないが、アジア人が関心を寄せる質の高いニュースをアジア人ユーザーが多いLINEに配信すれば、母数が大きいだけにそれなりの規模のユーザー数を獲得できると踏んだのであろう。そこで、WSJは次のキーワードの記事を選んで、配信するようにした。
Tech、Markets、Economy、China、Japan、Korea、India、Indonesia
BBCやEconomistもLINE活用の狙いはWSJと同じである。将来性の高いアジア市場に向けて、そこの若いアジアユーザー層にリーチするには、LINEが有望と見たのであろう。
このようにViberやLINEなどのメッセージアプリをメディアプラットフォームとして活用しようとする動きがようやく始まった。ただ、プライベートなメッセージアプリをオープンなメディアプラットフォームとして利用することに壁が存在することもあって、これまでパブリッシャーは積極的に取り組まなかったのもうなずける。そういう背景もあって、限られた大手パブリッシャーが試行錯誤的に着手している段階かもしれないが、それなりの手ごたえがあったのも確かで、これから本格的な展開が見られそうである。
10億人ユーザーのWhatsappが乗り出せば、本格化する パブリッシャーにとってグローバルなメディアプラットフォームといえば、これまでFacebookに代表されるソーシャルネットワークであった。ところが図10に示すように、月間アクティブユーザー数でソーシャルネットワークはメッセージアプリに追い抜かれ、差を広げられている。メッセージアプリには、既存のパブリッシャーがリーチできなかった、つまり手つかずのユーザーが多く集まっているはず。それだけに、ソーシャルネットワークを補完する形で、メッセージアプリにもグローバルなメディアプラットフォームの役割を果たしてほしいとの声が高まってきたのは当然かもしれない。
図10 ソーシャルネットワーク 対 メッセージアプリ。トップ4の月間アクティブユーザー(MAU)数総計の推移を示している。2015年の前半に、トップ4のMAU総計でメッセージアプリがソーシャルネットワークを追い抜いた。2015年第一四半期時点でのメッセージアプリのトップ4はWhatsApp, Facebook Messenger, WeChat, Viberで、ソーシャルネットワークのトップ4はFacebook, Twitter, LinkedIn, Instagram。
そのグローバルなメディアプラットフォームとしては、規模やFacebook傘下の点から、WhatsAppやFacebook Messengerの2大メッセージアプリに注目が集まる。特に、欧米のパブリッシャーが強く関心を寄せるのは、月間アクティブユーザー数が10億人を突破した”最もグローバル”なWhatsAppである。ところが上で紹介したように、名だたるパブリッシャが飛びついたのは、ViberやLINEであった。理由は、両メッセージアプリがメディア対応に先行して動いていたからだ。一方WhatsAppは公式にメディアサポートをしていない。それどころかプライベートなメッセージサービスならではの各種制約が課せられていた。グループのユーザー数に上限があったり、ユーザー情報が得られなかったりしている。
ただ、Facebookなどのソーシャルネットワークからパブリッシャーサイトへの流入トラフィックが伸び悩みだした現状において、新たなフロンティアとしてメッセージアプリへの期待が日増しに高まっている。そのためか、Facebookも動き始めている。 WhatsAppはこのほど年間0.99ドルのサブスクリプション料金を廃止し、新たな収益モデルへの転換を明言している。またFacebook MessengerもAPIを公開することを昨年末に明らかにした。公式にメディアサポートする前ぶれではなかろうか。
すでに非公式ながら、大きなイベント時の期間限定ではあるが、大手パブリッシャーがWhatsAppを使ってニュース配信した事例はいくつかある。たとえばNYタイムズは、昨年7月のローマ法王が南米を訪問した時に同行した特派員が、WhatsAppのメッセージサービスによるニュース配信を実験している(図11)。読者との対話も試した。BBCもこれまで一昨年のインド選挙や、昨年のネパール大地震などの時に、WhatsAppを利用してきた。ネパール地震の時には、WhatsAppアカウントを用いて、ニュース素材となる読者からの写真やビデオ、それに生の声を集めた。
図11 New York Times(NYT)の特派員が、昨年7月のローマ法王南米訪問ニュースをWhatsappのメッセージサービスで配信
そのほか、Washington PostはKiKを(図12)、独BildがFacebook Messengerを利用するなど、大手パブリッシャーの実験が花盛りだ。
図12 Washington PostはKiKのメッセージ機能を用いてゲームやクイズを提供
さらに外部のメッセージアプリに頼らないで、メッセージ機能を備えたニュースアプリを独自に提供するパブリッシャーが登場してきた。Quartzのスマホ向けニュースアプリは図13で示すように、チャットインタフェースでニュースを届けている。チャットボットを採用し、対話しながらユーザーはニュース記事を選んだり、クイズを楽しんだりできるようになっている。図13の例では、新しいニュースがない時間帯にアクセスしたので、クイズをしてみないかと問われ、OKをすると、「最も利用者の多い空港はどこか」との質問が出て、その後すぐにアトランタか北京かの2択が表示され、アトランタを選ぶと、おめでとうと返事が戻るとともに、今は新しいニュースがないので、もう少し経ってからアクセスしてくださいといわれる。ステッカー/絵文字なども使ったりして、楽しくニュースに接する環境を提供しようとしている。
図13 Quartzは自前のチャットインタフェースのニュースアプリでニュースを配信
このように見ていくと、今年はメッセージアプリがグローバル・メディア・プラットフォームに飛躍する元年となるかもしれない。これに合わせて気になる動きとして、GoogleのスマホWeb表示高速化の「AMP」をLINEやViberなどが採用していることである。近いうちにメッセージアプリから爆速表示のニュース記事に接することができるかも。もう一つ楽しみな動きとしては、Quartzも採用したチャットボットのAI化が進んでいることである。チャットに編集者が加われば良いのだが、現実には超多忙な編集者が関われる時間は限られているだけに、より賢いチャットボットの開発が期待される。
◇参考
・
Most popular global mobile messenger apps as of January 2016, based on number of monthly active users (in millions)(Statista)
・
Messaging apps are now bigger than social networks(Business Insider)
・
Line is The Wall Street Journal's fastest-growing platform(Digiday)
・
Publishers are leveraging chat apps to reach mobile audiences(Business Insider)
・
Sharing News on WhatsApp, an International Desk Experiment(NYTimes.com)
・
Is Messaging the Future of News? Quartz Thinks It Might Be(Fortune)
・
Teens have a smart reason for abandoning Facebook and Twitter(Quartz)
・
Myanmar Viber Users Can Now Access BBC Burmese News(Myanmar Marketing News)
・
The New York Times is publishing on WhatsApp for the first time, covering Pope Francis(NiemanLab)
・
BBC using WhatsApp and WeChat at Indian elections
(journalism.co.uk)
・
BBC Nepali earthquake lifeline public chat channel launches on Viber(Media Center、BBC)
・
Test Your Trivia Skills With Washington Post on Kik(KiK)
・
WhatsApp at 1 billion: How can journalists use the chat app for newsgathering?(FirstDraftNews)