NYタイムズのデジタルコンテンツが、3月28日から有料になる。ところが、ソーシャルメディアを介してニュース記事と接しているユーザーには、これまで通りNYTimes.comの記事を無料で閲覧できそうである。
NYTサイトは月間ユニークユーザー数が3100万人(comScore調査)を超え、最も人気の高い新聞サイトとなっている。その人気を支えている要因の一つに、先進的なソーシャル機能をいち早く取り込み、外部のソーシャルメディアとの連携を深めてきたことが挙げられる。そのお陰で、ブログだけではなくて、Facebookやツイッターなどのソーシャルメディアでも、最も数多く引用される新聞サイトになっている。その結果として、ソーシャルメディアのリンク経由でNYTimes.comの記事に直接アクセスするユーザーが多い。
でもこの時、リンク先のコンテンツは自由に閲覧できる、つまり無料であるというのがソーシャル系ネットワーク界隈では前提となっている。皆で手持ちの情報を出し合い(give & take)、より良いコンテンツを作り出していこうとするのが、ソーシャルネットの文化でもある。一種のマッシュアップである。引用コンテンツにリンクを張るのも自由で、それどころかリンクは相手に敬意を払っている印でもある。でもコンテンツが有料だと仲間に入れてもらえずに、ソーシャル系ネットからはじき出されるであろう。
NYTimes.comの記事がソーシャル系ネットワーク界隈で持て囃されてきたのも、質が高いということに加え無料で閲覧できることが大きいかった。またNYTimes.com自身も、記者が参加するブログ(
Blogs)やツイッター(
The New York Times on Twitter)を充実させ、ソーシャル系ネットワークの世界に積極的に入り込んでいる。イラク戦争、イラン総選挙、最近のアラブ諸国騒動、Wikileaks関連、それに東北地方地震などの報道に活気があるのも、自らのブログやツイッターを使いこなしているからであろう。外部のソーシャルメディアのコンテンツや時には競合サイトのコンテンツも流用したりしている(リンクを張る)。
ソーシャルメディアと密な関係を築いてきただけに、NYTimes.comがどのような「課金の壁」を立ててオンラインサイトを有料化していくかが注目されていた。課金の壁の向こうに置く有料コンテンツは共有したり検索する対象でなくなる心配があり、ソーシャルメディアとの連携を断つことになりかねない。そこで、ソーシャルメディアとの連携を損なわない形での有料化プランを実施することになった。読者へのレターとFAQ(Q&A集)の中で、無料閲覧できる手法をこっそりと?伝授している。
*
A Letter to Our Readers About Digital Subscriptions• Readers who come to Times articles through links from search, blogs and social media like Facebook and Twitter will be able to read those articles, even if they have reached their monthly reading limit. For some search engines, users will have a daily limit of free links to Times articles.
*FAQ(
Digital Subscriptions and Premium Products)
Q:
Can I still access NYTimes.com articles through Facebook, Twitter, search engines or my blog? A: Yes. We encourage links from Facebook, Twitter, search engines, blogs and social media. When you visit NYTimes.com through a link from one of these channels, that article (or video, slide show, etc.) will count toward your monthly limit of 20 free articles, but you will still be able to view it even if you've already read your 20 free articles.
When you visit NYTimes.com by clicking links in search results, you'll have a daily limit of 5 free articles. This limit applies to the majority of search engines.
今回の有料化プランでは予告通りメーター制を採用し、Webサイト(NYTimes.com)の記事を毎月20本まで無料で閲覧できるようにした。月に21本以上の記事からは原則として有料となり、閲覧するには
デジタルサブスクリプション(定期購読)を申し込む必要がある。
ところが月に21本目以上の記事であっても、課金されない抜け穴を用意したのだ。検索エンジンやブログ、それにツイッターやFacebookなどのソーシャルメディアから記事にアクセスした場合は、その記事を無料で閲覧できるのである。ただし、検索エンジン(たとえばGoogle)の検索結果からアクセスした記事は、毎日5本までしか無料で閲覧できない。でも、ブログやツイッター、Facebookからのリンクでアクセスした場合、無料閲覧できる記事数に上限はない。つまり、無料で読み放題ということだ。
このメディア・パブでも、最も引用回数の多い新聞サイトはNYTimes.comのはずだが、参考にするNYTimes.comの記事のほとんどをブログやツイッター、検索エンジン(英語版Google)で見つけて、そこからアクセスしている。新聞サイトのトップページから読みたい記事を探すことはほとんどしなくなった。またGoogle NewsやTechmemeなどのニュースアグリゲーターからNYTimes.comの記事に飛ぶ場合も少なくないが、この場合のアクセスが有料になるとしても、リンク先の同じNYT記事を引用しているブログをアグリゲーターですぐに探せるはず。そのブログ経由でNYTimes.comにアクセスすれば無料になる。
NYTの Op-Ed コラムニスト兼ブロガーでもあるPaul Krugman氏(ノーベル経済学賞受賞)も、NYTimes.comの有料化によって自分の記事を読めなくなるユーザーが出てこないように、自分の記事を無料で閲覧できる具体的手法をわざわざブログで知らせている。彼のツイッターアカウント@NYTimeskrugman(フォロワー数55万人)をチェックしておれば、ツィートで彼の記事へのリンクが見つかるので、そのリンク先の記事は無料で読める。また、著名な経済学者の記事を収集するブログ
Economist's View をチェックしていても、彼のNYTへの寄稿記事(リンク付き)が以下のように紹介されるので、このブログ経由でKrugman氏の寄稿記事がタダで閲覧できる。
また、先に触れたようにNYTは、多くの
ブログや
ツイッターアカウント(たとえばブレイキングニュースの
@nytimesでは300万人以上がフォロー)、それにFacebookページ(
NYTimesのページは120万人のファンを擁している)を備えて、ソーシャルサイト経由のトラフィック増に努めていた。さらに第三者によって、NYT記事の無料閲覧を支援すツイッターアカウントやFacebookページも現れてこよう。ソーシャルメディアをベースにニュースを閲覧しているユーザーにとっては、「課金の壁」は穴だらけで事実上存在しないのに等しい。ということで、今回のNYTの有料化プランに対して、ソーシャルメディア側からの反発は起こらないだろう。
実は、有料新聞サイトの先行者であるWSJ.comも、「
有料のWSJ記事をタダで読む裏技,WSJがこっそりとソーシャルメディア対策を」非公式に実施している。グーグルの検索エンジン経由なら、WSJ.comの記事をいくらでも無料で閲覧できる。WSJ.comでは見出しに鍵マークが付いた記事は有料で、タダで読むことができないことになっている。このため、私もオンライン版の年間購読料(オンライン版)を払ってWSJ.comの記事を閲読していたのだが、3年ほど前に裏技が安定して提供されているのを知って、無料購読に切り替えた。有料記事の見出しをGoogleの検索窓にcut&pasteすると、検索結果に所望記事見出し(+リンク)が現れ、そこをクリックすれば記事全文が無料で閲読できる。
WSJ.comでは一般記事を拡充し、それらを無料で閲覧できるようにしてきている。さらに、鍵マークの付いた有料記事でも、ソーシャルメディアで話題になりそうなトピックを取り上げている場合、たびたび無料開放している。先ほどの強力な裏技もあって、この2年近くの間でWSJの記事がソーシャルメディアで登場する頻度が増えている。それに応じてソーシャルメディア経由のトラフィックが増え、結果としてWSJサイトのユニークユーザー数も増えてきている。
気になるのは、無料で閲読できる裏技(抜け穴)があると、有料読者になる人が減るのではないかということだ。だがWSJ.comでは有料購読者数も増えている。WSJの中核読者は仕事のためにWSJを利用するビジネスパーソンである。無料で閲読できる裏技を知っていても、時間を競う多忙なビジネスパーソンならおそらく、有料購読を選んでいくだろう。Googleの検索エンジン経由で記事に辿りつこうとすると、1分近くも余分に無駄な時間を要するからだ。
WSJは確かに、オンラインサイトの有料購読サービスに加えてソーシャルメディアとの連携をうまく両立させてきている。WSJの有料記事は仕事に密着した経済/金融情報だし、会社の経費で有料購読している人も多いはず。一方でソーシャルメディア経由のトラフィック増に伴い、ユニークユーザー数も増え広告メディアとしても強力になってきた。
同じようにNYTも、有料サービスとソーシャルメディア連携をうまく両立させていけるのだろうか。一般紙サイトだけに、どれくらいの読者が有料購読サービスに乗ってくれるかどうか。Digital Subscriptionsの価格をWSJとNYTで比較すると、次のようになる。オンライン(Web)サイトとモバイルアプリ(スマートフォン,タブレット)を加えた価格である。年間の価格で比較すると下のグラフのようになる。
・The Wall Street Journal -
Digital Plus: $3.99/週・The New York Times -
All Digital Access: $35/4 週 このグラフを見る限りではNYTのデジタル料金は高い。有料化サービスの船出はしばらく厳しくなりそう。一般ニュースサイトなので、無料のWashington PostやHuffington PostそれにYahooやCNNなどで賄っていこうとする読者も多いかも。また、サイトのユニークユーザー数も現在の月間3100万人からかなり減る心配がある。ソーシャルメディアをベースにNYTimes.comの記事と接している読者は、事実上無料のままなので、これまで通り閲読してもらえるはず。だが、NYTimes.comのトップページに飛んできてそこで読みたい記事を探していく読者(中高年層が多そう)は、月間21本目からは「課金の壁」に遮られる。そこで、下のガイドに従って有料購読を申し込んでくれればいいのだが、NYTimes.comから去っていく読者も少なくないのでは・・・。
◇参考
・
The Times Announces Digital Subscription Plan(NYTimes.com)
・
A Letter to Our Readers About Digital Subscriptions(NYTimes.com)
・
Digital Subscriptions and Premium Products:FAQ(NYTimes.com)
・
New York Times CEO on Pay Meter: Possible Slight Dip in Traffic Will Be Short Term(AdAge)
・
Lincoln Ad Offers Free Access to New York Times Online for Rest of 2011(AdAge)
・
Digital Subscriptions(Paul Krugman、The Conscience of Liberal)
・
ニューヨークタイムズ有料化にソーシャルな抜け穴―FacebookとTwitterから無制限アクセスができる(TechCrunch Japan)
・
WSJとFTの両新聞サイト,いまだに有料記事がタダで読み放題(メディア・パブ)
・
マードックの矛盾,盗人グーグル経由で有料のWSJ記事がタダで読めるのはなぜ(メディア・パブ)
・
NY Times Asks Twitter to Shut Down Paywall Dodgers(Forbes)
・
Here’s what the New York Times paywall looks like (to Canadians)(NiemanJornalismLab)
・
Digital Subscription Prices Visualized (aka The New York Times Is Delusional)(the understatement)