良く知られているように、欧米の伝統新聞は構造的な不況業種に陥っている。プリント(新聞紙)事業の読者数や広告売上が下げ止まらないため、経営的に深刻な状況に追い込まれているのだ。活路を見出そうと、オンラインなどのデジタル事業へ軸足を移そうとしているのだが、プリント事業の下落をデジタル事業でなかなか補えなていないのが現状である。デジタルシフトを早めると、プリント事業の落ち込みを加速化してしまい、出血増による経営破たんを起こしかねない。そこで出血量を減らすために、レイオフやリストラを強行したりして延命を図ってきているのである。でもそろそろ、デジタル事業は新聞復活のエンジンとして活動しなければならない時期と言えよう。
それだけにFTのCEOが、デジタル事業がクリティカルマスに到達したと宣言したことは興味深い。でもFTも御多分に漏れず、プリント(新聞紙)事業は急降下している。次のグラフは、FT紙(プリント版FT)の購読数推移である。2001年のピーク時には50万部を超えていたのが、現在は半分以下の23万7000部にまで落下してしまった。特にこの2〜3年の間の新聞紙購読数の減り方はすさまじい。*FTの新聞紙(プリント版)購読数の推移
ところが、プリント版購読数が急減した同じ時期に、逆にデジタル版購読数が目覚ましい伸びを示した。2013年のデジタル版購読数が前年比31%増の41万5000部となり、約24万部のプリント版部数を大幅に上回った。総購読数(デジタル版+プリント版)は65万2000部となり、126年の歴史を誇るFTにとって過去最大の購読部数を達成したのだ。
*FTのプリント版購読数とデジタル版購読数
伝統新聞がデジタルファーストをうたっていても、売上依存の高いプリント版の購読数をなるべく減らないように配慮しながら、デジタルシフトを進めている場合が一般である。でもFTはデジタル版の成長を最優先し、そのためにはプリント版の犠牲はやむを得ないという戦略だ。そのようにデジタル化のアクセルを思い切り踏み込めるようになったのは、2007年に業界で初めてメーター制のpaywall(課金の壁)を採用しオンライン有料化を軌道に乗せてきた背景がある。デジタル購読料収入が増えるに伴いプリント版広告収入の依存を軽減してきたからだ。つまり、プリント版の購読数が減っていっても気にしないで、デジタル版購読数を増やすことに注力すれば、売上も利益も上向かせることが見えてきたのである。
2013年度のデジタル事業の売上高も、全売上高の55%を占めるようになった。2008年の31%から大幅にアップしており、デジタルシフトが順調に進んでいることが分かる。また別の見方をすれば、広告依存からの脱皮も進んでいる。コンテンツ売上高(購読料収入)は全売上高の63%となり、37%の広告売上高を大幅に上回るようになった。2008年ころまでは、全売上高の半分以上を広告に頼っていた。
またディジタル化ではモバイル対応がより重要になっている。FTサイトのトラフィックの50%はモバイルデバイスからであり、さらに購読者のモバイルデバイスに限定すれば2/3も占める。そこで“universal content”戦略を掲げており、次世代デバイスも含めてどのようなデバイスにも対応していきたいという。すでに現在でも、アップルやグーグルのエコシステム向けのネイティブアプリに頼らないで、HTML5(ブラウザ)アプリでモバイル向けデジタルコンテンツを提供している。かなり自力で販売しなければならないが、自由な販促活動が展開できるし、アップルやグーグルに売上の30%近くを手数料として持っていかれることもない。このようにデジタル事業でクリティカルマスを超えたFTは、今後はさらにデジタル化に拍車をかけていくのだろう。
同じように、デジタル化で先行している伝統新聞としてはNYT(NYタイムズ)と英ガーディアンがあげられる。そこで両新聞もデジタル事業でクリティカルマスに達しているかが気になる。両新聞のデジタル事業売上高は次のように推移している。
両新聞は共に、確かにデジタル事業の売上を伸ばしている。両新聞はデジタルシフトで違う方向に歩んでいる。NYTは3年前からFTと同じメーター制のデジタル有料化を実施しているのに対し、ガーディアンはオンラインサイトの有料化を今のところ実施していない。このため、デジタル事業の売上高に、NYTはデジタル広告に加えてデジタル購読も含まれるが、ガーディアンは大半がデジタル広告となる。
*NYTとガーディアンのデジタル事業売上高
ここで問題なのは、両新聞とも全売上高に占めるデジタル事業売上の割合が小さいことだ。NYTの場合、約20%に過ぎない。全売上高(15億8000万ドル)の約75%もプリント事業に頼っている。プリント広告が急減したと言っても2013年度は約5億ドルも稼いでいるし、さらにプリント購読売上が6億5000万ドルと相変わらず大きい。プリント事業を犠牲にしたデジタルファーストの実施は難しいと言わざる得ない。
ガーディアンの場合でも、デジタル事業の売上高が1億1700万ドルで、3億4500万ドルのプリント事業に比べかなり少ない。ただ注目すべきは、デジタル事業の売上高の伸びが目覚ましいことである。売上規模はNYTに比べ小さいが、2013年度のデジタル事業売上高の年間純増分で見ると、NYTの3000万ドルに対して、ガーディアンは2600万ドルとほとんど差がない。成長率で比べると、以下のグラフのようにガーディアンが上昇し、NYTが下降している。
NYTがデジタルシフトに突っ走っても、現状ではデジタル事業売上を大きく伸ばすのはしばらく難しそう。そこでデジタル事業のテコ入れとして、月額8ドル程度の低額のデジタル購読サービスを提供したり、デジタル広告メニューにネイティブ広告を用意し始めている。でもプリント事業に頼らざる得ない現段階では、デジタル事業がクリティカルマスに到達したとは言いづらい。
一方のガーディアンは、デジタル事業の売上(ほとんどがデジタル広告売上)が2013年度は前年比で25%も増えた。グローバルに人気の高い伝統新聞サイトなのに、オンライン有料化を踏みとどまり課金の壁を置かなかったことが功を奏して、デジタル広告売上が高成長している。2015年にはNYTのデジタル広告売上を追い抜くと見られている。ただ今後も25%の高成長を維持し続けるは厳しい。ガーディアンもネイティブ広告サービスを始めたり、驚くことに出会い系サービスsoulmates(soulmates.theguardian.com)までも実施したりして、デジタル事業の売上アップに励んでいる。でも、デジタル広告に頼っているだけでは限界が見えるので、各種有料サービスを仕掛けていかなければならない。ガーディアンのデジタル事業も、まだクリティカルマスに達していなようだ。
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